ギリシャ危機騒動の「誤解」を糾す

公開日: : 最終更新日:2015/08/05 マーケットEye ,

日本個人投資家協会副理事長 岡部陽二

いわゆる「ギリシャ危機」は、2009年10月の政権交代を機に、財政赤字が公表数字よりも大幅に膨らんでいた不正会計の公表に始まる一連の騒動をいう。

それまで、ギリシャの財政赤字はGDP比で5%程度とされていたが、政権交代により旧政権下で財政赤字が隠蔽されていたことが明らかにされ、実際は13.6%に達していたことが判明したものである。
このギリシャ危機に対して、2010年5月にIMF・EUによる第1次支援(総額1100億ユーロ)が決定され、また2012年2月にはIMF・EU・民間による第2次支援(総額1300億ユーロ)が決定された。

この金融支援の条件としてギリシャに課された増税・年金改革・公務員改革などの厳しい緊縮財政策や公益事業の大規模な民営化が国民に大きな負担を強いることになった。
債務繰り延べの結果、2012年以降財政面は徐々に改善したが、一方で景気は大きく落ち込み、ギリシャ国民の生活は苦しくなって、大規模なデモや暴動が度々発生した。

このような情勢の下、本年1月の総選挙では、最大野党で反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA)が緊縮疲れの国民の支持を受けて勝利した。新政権を率いるチプラス首相は、国民投票に訴えるなどの新戦術を駆使して、6月末に到来する金融支援の延長や条件緩和をEUに迫ったため対立が激化、一時は交渉が決裂して債務不履行に陥る瀬戸際まできたが、双方が譲歩して7月17日に至りEUによる支援の継続が承認された。

大前提は「緊縮政策で危機は終息しない」

この経緯を振り返ると、2010年から12年にかけて妥結した債務繰り延べにおいて既存債務の切り捨て額が小さすぎたうえ、リスケジュールの条件が厳しすぎた点が、最大の反省点として指摘できる。

既存債務は2004年開催のアテネ・オリンピックをピークに発生したバブル経済時に累増したものであって、最近増えたものではない。EUに参加しても、借入国としてのギリシャの信用度が高まったわけではないことを承知の上で貸し込んだ貸出側の責任には大きなものがある。

今後の第3次支援交渉のポイントは、IMFが主張している公的債務の再削減がどこまで実現するかにあり、ギリシャ経済の再生もその成否に掛かっている。
早い話が、ギリシャが日本で発行したサムライ債の元利がまったく削減されていないのはおかしい。1980年代にギリシャとの融資交渉で苦労をした筆者としては、ギリシャの返済能力を無視して貸し込んだ金融機関側の責任がさらに強く追及されて然るべきと考えている。

IMFの債務削減提案に対し、マスコミなどを通じて、①ギリシャは公務員天国で税金が無駄使いされている、②そもそもギリシャ人は怠惰で働かない、③ギリシャでは脱税がはびこり、国民が公費を負担していない――といった風説がまことしやかに流布されている。

本稿ではこれらの偏見について数字で検証したい。

偏見1 ギリシャは公務員天国か

「ギリシャでは全労働者の4人に1人が公務員であり、彼らが税金の無駄使いをしている」といった記事をよく目にする。

しかし、ギリシャの公務員数は緊縮策を打ち出してから減り続けている。公務員比率もかつては20%を超えていたが、最新の2013年では17.6%となっている(図1)。
その後さらに公務員数を減らしているので、現時点では15~16%程度かと推測される。

図1 ギリシャは公務員天国か

では、他のEU諸国はどうか。
EU諸国にはギリシャをはじめ社会主義体制をとってきた国が多く、これらの国では教育・医療・介護などのサービスは原則として税金で賄われる公営である。

そのためスウェーデン、デンマークなどの北欧諸国の公務員比率は図1に見られる通り25%を超えており、民営化を徹底して進めた英国の公務員比率も22%と依然として高い。
実は、EU諸国の中ではギリシャの比率はかなり低い方であり、これが問題とされるのは理解に苦しむ。

もっとも、公的医療中心のギリシャの医師数は人口千人当たり6.3人(日本は2.3人、2013年)と、日本の3倍近くも多く、公務員医師が過剰となっている。
ただ、それ故に医療費が格別高いということはない。逆に薬剤費は政府が安く仕入れた製品を安価で供給しているので、国外から安い薬を求めての買出し客がギリシャに殺到している状況である。

このような基本的なサービスの公営体制をどう評価すべきかは難しい問題であり、批判するのであれば、数だけの比較ではなく効率性や生産性を比較しなければ意味がない。

偏見2 ギリシャ人は怠惰で働かない国民か

「働き者のドイツ人が稼いだお金で怠け者のギリシャ人を救済するのは、ドイツ人の国民感情が容認しない」といった解説が、メディアに溢れている。ドイツ人を蟻にギリシャ人をキリギリスに喩えて、ギリシャ人の怠け振りが強調されている。

「ギリシャ人は、いつから『怠け者』になったのか」という『日経ビジネス』の記事では、ギリシャ人が働かなくなったのは、EU加盟後に旧ソ連型の体制がマッチしなくなった結果であると解説している。
一方で「古代ギリシャの都市国家では労働(Labor)と仕事(Work)が区別されており、ギリシャでは労働は奴隷のすることといった肉体労働を蔑視する考え方が一般的」といった歴史に根差した労働観の解説までがネット上で見られる。

果たして、このような見方は正鵠を得ているのであろうか。
最新のOECDデータ(2014年)で年間の平均労働時間を見ると、ギリシャの年間労働時間は2,042時間と、OECD加盟34カ国中メキシコに次いで長い。逆にドイツは1,371時間と最も短い(図2)。

図2 ギリシャ国民は本当に働かない?

このデータから判断する限り、年間を通じてドイツ人はギリシャ人の3分の2程度しか働いていないことが明らかである。
さきのイソップ寓話に戻れば、ギリシャ人の方が働き者の蟻で、ドイツ人は遊んで暮らすキリギリスということになり、わけが分からない。

この問題も社会体制や労働生産性の違いを考慮した幅の広い観点からの分析が必要であり、単に民族性で割り切れるような単純な事柄ではない。

偏見3 脱税がはびこり、必要な国費を負担していないのか

「ギリシャが近年直面しているあらゆる難題の中で最も難しいものの一つが、市民に税金を支払わせることだ」と本年2月26日付けの米『The Wall Street Journal』紙は報じている。

昨年末の段階で何十年にもわたって発生した税金未納累積額が760億ユーロ(約10兆円)に達し、その大半は徴収不能となっているうえ、GDPの4分の1以上と言われる巨大な地下経済での取引には課税されていない。ギリシャの新政権は徴税強化を改革案の最優先項目としているが、同様の政策を掲げてきた歴代の政権が成果を上げた試しはないとしている。
ギリシャ人は他の欧州諸国と異なって、ことさらに税金支払いを嫌い、脱税で捕まえられても犯罪とは意識せず、恥辱と感じないといった論説も見られる。

ところが、財政の決算数字である国民負担率(国民所得比での租税負担率と社会保障費負担率の合計、2012年)を見ると、ギリシャは51.8%とドイツとほぼ同じ水準、日本の40.5%に比してかなり高い。租税負担率に限るとギリシャ32.5%、ドイツ30.1%とギリシャの方が高い(図3)。

図3 各国の国民負担率

ギリシャの財政収支は今回の騒動で悪化することは必定ながら、国債償還費を除く財政のプライマリーバランスは2013年から黒字化しており、これ以上の国民負担をギリシャ国民に求めるのは理不尽であろう。

このように見てくると、ある程度の追加債務削減が行われれば、ギリシャ経済は比較的早期に再生するのではなかろうかとの楽観論に傾かざるを得ない。

しかしながら、ギリシャ危機はそもそも政府による巨額の財政赤字隠蔽に端を発しており、EUもギリシャ国民も政府の発表数字を信用していないことに問題の根因がある。さらに、政府が発表した改革案が実行されないことに対する不信感も加わって、当事者すべてが疑心暗鬼に陥っているのがギリシャ悲劇の真髄であろう。

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