日本人が知らない中国投資の見極め方【8】
全人代のGDPより注目されたネット動画
中国版「不都合な真実」の衝撃

公開日: : マーケットEye ,

アナリスト 周 愛蓮

年に一度しか開かない中国の「全人代」(全国人民代表大会、日本の国会相当)は、3月5日より15日までの日程で開かれている。経済成長目標や予算などを決める最も重要な会合なので、内外の関心度が高い。日本経済新聞を筆頭に、日本のマスコミにもほぼ毎日のように関連記事が掲載されている。特に中国政府が2015年のGDP成長率目標を7.0%前後に下げたことは、日本で大きく報道された。

しかし、中国では、風景はちょっと違っている。全人代よりも、1つのネット動画が中国の人々を熱狂させた。

スモッグとPM2.5に切り込んだドキュメンタリー

それは、「穹頂之下」というタイトルのドキュメンタリー。長さは103分、プレゼンターの女性が会場で環境問題について解説しているとの形式で、2006年に大ヒットとなった米国副大統領アル・ゴアが主演した「不都合な真実」を連想させた。

女性はかつて中国中央テレビの人気アナウンサーで1年ほど前に自主退職した「柴静」。タイトル「穹頂之下」は、ドキュメンタリーのなかの説明によると、米国の人気映画「アンダー・ザ・ドーム」から発想を得て、いま中国を覆う大気汚染(スモッグ)がまさに中国の上空を塞がっているドームに例えたという。

ドキュメンタリーは3つの部分から構成されている。スモッグとはなにか、スモッグはどのようにしてできたか、どうすればスモッグを退治できるか。豊富なデータと深く切り込んだ取材によって、スモッグの元凶となるPM2.5の履歴書を単純明快に解説する。

視聴回数は48時間で2億回

切り込み先は、汚染物質の排出大手である石油メージャー2社のほか、鉄鋼大手やトラックメーカー、環境規制当局まで、果てには中国の経済政策を制定している「中国発展改革委員会」までもやり玉に挙げ、取材先をすべて実名入りで放送された。

なんの前触れもなく、2月28日にネットの動画サイトで公開されたこの「穹頂之下」、最初の24時間で6000万以上の視聴回数を記録し、48時間でさらに2億回に跳ね上がったという。ネット利用者数6億人超のネット大国とはいえ、2日間でその1/3弱がみたとは、前例のない凄まじい数値である。

政府が環境保護の輿論形成に利用?

このドキュメンタリー動画の尖鋭性もさることながら、全人代開幕前の公開というタイミングは様々な憶測を呼んだのはいうまでもない。

もっとも穿った見方は、これが思うように進まない環境対策と国有企業の改革を推進するために政府のトップが利用したというもの。輿論を形成して、国民を味方にし、環境汚染源となる大企業と利益集団を追及することによって、国有企業の改革の徹底を図り、石炭・鉄鋼・石化・セメントなどの過剰生産能力を解決する。そして、環境問題の解決を突破口に、次の経済成長のけん引役を引き出す。まさに一石数鳥の奇策。「人民日報」傘下の「人民網」が動画を転載したことは、こうした見方に勢いを与えた。

環境法に実効性なし、環境汚染への我慢限界

穿った見方の背景にあるのは次のような現状だ。

中国政府はここ10年間ほど環境問題を重視する姿勢を見せてきた。ドキュメンタリーが指摘したように、さまざまな環境保護法が頒布されているが、実際にはなかなか執行されないため、環境法はあってないようなもの。中央政府の作った政策は実に立派ではあるが、実際の運用となると、別なものになってしまう。地方政府や関連企業の利益が絡んでいるからだ。

一方、従来の投資けん引と環境に過大な負荷をかける成長モデルも、環境汚染に対する国民の我慢も限界に達しつつある。

ドキュメンタリーは汚染の元凶を明らかにし、企業の不実と政府役人の不作為を暴き、国民に環境への関心と汚染への監視を呼びかけた。そして、2億人がそれをみて、ネット上の書き込みは10億を超えるといわれるほど、輿論が沸騰した。

役所や企業から大抗議?突然の削除

もし上の穿った見方が事実であれば、少なくとも、世論の形成は大成功となった。

しかし、ドラマはさらに意外な展開に向かう。国民が大興奮したのはつかの間、3日もしないうちに例のドキュメンタリーがネットから削除された。発信元からはなんの説明もないまま、である。

だが、全く納得できないことでもない。ドキュメンタリーには、いくつか検証が不足なデータを使っていたので、批判される側がすぐに反論を発表していたし、(汚染がひどいので)閉鎖すべきだと指摘したいくつかの企業は、おそらく数十万人を雇用し、地方経済を支えている。実名放映された役所・役人・企業などから大抗議されたであろうことは、容易に想像できる。

全人代後の政府の環境対策に注目

でも、どんな思惑で公開し、またどんな思惑で削除されたかに関係なく、環境問題に対する国民の関心がかつてないほどに高まったことに疑いようがない。環境を良くするためには、経済成長を少々犠牲にしても仕方がない。ドキュメンタリーを見た2億人は、おそらく誰しもそう思っただろう。ならば、環境問題に本腰を入れ、汚染問題を解決することは、国民からの支持を得る最良の道だと考えるのも、当然の成り行きであろう。

いま開会中の全人代において、習近平主席と李克強総理は、経済成長の低下という「新常態」(ニューノーマル)を国民に忍耐強く説明するとともに、環境汚染に対しては「鉄の腕」をもって対応するとの決意を表明している。全人代後の政策発表と今後の実行は注目される。

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