「注意書きご覧ください、お上の指導でして」落語「寿司処・錦湧兆(きんゆうちょう)」【上】木村亭きよし師匠
JAIIセミナーレポート
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最終更新日:2016/04/25
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2月25日に開かれた日本個人投資家協会創立20周年記念セミナーのレポートです。
冒頭、落語家「木村亭きよし」こと木村喜由理事の演目「寿司処・錦湧兆(きんゆうちょう)」が好評でした。投資家保護を名目に煩わしくなるばかりのリスク管理を、寿司屋を舞台に茶化してみせました。ゲストの五味廣文・元金融庁長官も講演の前段で見事に受けてくださいました。
動画とテキストでお楽しみください。
(落語家・木村亭きよし師匠)
十年一昔と申します。金融庁がこんな新しい証券業界の決まりを作ったよということでいろいろとしち面倒くさいことがありました。その節に私、テレビ東京がやっておりました「ルックアットマーケット」という番組に出演しておりまして、司会の内山敏夫さんがどこから拾ってきたのか、金融庁の新しい制度を茶化した落語をお作りになりました。私、たまたまその原稿を持っておりまして、今日の席にご披露しようと参っております。
証券業界というのはかなりえげつないことを裏で言っておりまして、「個人投資家はゴミだ」という大手証券もあったりします。それをなんとか是正しようと金融庁さんは新しいお達しをしたわけですが、なにぶんお役人のやることでございまして、そう簡単に実情にあった良いものが出来ているとは思いませんでした。
たまたま今日は、その〝ゴミ〟の集まりである個人投資家協会の席に、金融庁のヘッドでありました五味さんという方がお見えでございまして、これも何かの縁かと思います。
では、いよいよ落語にまいります。「寿司処 〝錦湧兆〟」と申します。
店主 へい!らっしゃい!
お客 変わった名前のお店だね、なんと読むんだい?
店主 へい、錦湧兆(きんゆうちょう)と申しましてね、これは字はちょっと違うんですけれど、オカネがどんどん湧いてきて、兆単位までたまるような景気のいい名前をつけてやれということで、こういう名前にさせていただいております。
お客 わかったよ。おやじ、今日のおすすめは何だい?
店主 へい、今日はマグロ、イカ、タコ、ハマチにアナゴ、エビ、イクラ、アジ、アカガイにシマアジ、ってところですね。
お客 ずいぶんいっぱい言ってくるね。迷っちゃうじゃねえかよ。
店主 すいませんねぇ。今度からお上の指導でどれが一番良いかなんてことをお勧めしちゃいけないんですよ。
お客 しょうがねぇなぁ。それでもすし屋かよ。じゃ握りの並でももらおうか。これならプロが選んだお勧めになってんだろ。
店主 へい、こちらご覧ください。「並」の注意書きです。
お客 なんだい、こりゃ?
店主 へい、お上の指導で。
お客 すごい厚さだなぁ。しかも字、小せぇし。こんなの誰が読むんだぃ?
店主 もちろんお客さんですよ。あと、ちょっとこちらの下の方のリスクのとこをお読みいただきたいんですが。
お客 リスクねぇ。おいおい、ここの「鮮度が落ちたネタを使った場合、食中毒になり死亡する恐れがあります」って書いてあるけど大丈夫かよ、これ。
店主 いや~お客さん、そういうつもりじゃないんだけど、お上の指導で、すべてのリスクを全部十分に説明しなきゃいけないってことになっちゃったんですよ。
お客 おまけに、なんだいこりゃ。「使用しているイカのなかには体長15メートルを超える種類もあり、巻き付かれると死亡する恐れがあります」
店主 いや、そうじゃなくて、イカにはそういう種類もあるし、万が一そういう事もあるかもしれないからちゃんと説明しておけって、お上の指導で・・・
お客 わかったよ、「並」はもういいから、じゃ「ちらし」もらおうか。
店主 はい、こちらがちらしの注意書きです。
お客 あ~、こっちもかよ。とにかく、ちらしね。
店主 じゃ、注意書きの受領書に印鑑をお願いします。
お客 なんだよ、印鑑って。
店主 いやぁ、あとで読んでないって、トラブルになるケースがあるからってんで、うちのかかあがハンコもらっとけって・・・。うちの責任じゃないってことをお客さんも承知しているってことで。
お客 まったくいちいちうるせえなぁ。じゃ、おまかせで握ってもらおうか。しかし、向かいの回転寿司は流行ってるね。
店主 あっちのお店は職人がおりませんで、機械が自動的に注文をさばくようになってるんですよ。集まってんのは、毎日朝から晩まで居る連中ばかりですよ。まぁ、旬のもの、今どこの産地のがうまいか、わかる人にはいいかもしれませんけどね。近頃はいろんな情報がインターネットってやつで流れてますからね。
けどね、回ってる皿のなかにゃ腹こわしそうなとんでもねぇのも混じってるわけで、それを見てる暇のある人ならいいんですけどね。普通の勤め人にはそこまでやる暇はないでしょ。それに、ネタを卸してるやつがいいかげんな噂話を流してるってこともあるみたいですけど。
お客 あっちの店は注意書はないのかよ。説明するやつがいないじゃないか。
店主 いえ、店の入り口に注意書きの張り紙ってものがありまして。んで店を入る時にボタンを押して入ると。ボタンを押したら、注意書きを読んだってことになるって寸法らしいんですよ。
お客 なんだそりゃ。
店主 さぁ~てねぇ。お上があれでいいって言ってるから、仕方ないですよ。
お客 こっちはハンコまで押さなきゃなんないの?
店主 ええ、すし屋はうそつきが多いってんでね、世間様の評判ですから。
お客 うそついてちゃ、次からお客さんが来ねぇだろ。
店主 たしかに、店によっちゃ食中毒出したりした店も、ありますから。でも全部のすし屋が同じだと思われちゃ、困ったもんですよ。
お客 まったくなぁ、じゃトロ握って。
店主 サビはどうします?
お客 入れるに決まってんだろ。サビ抜きなんて、ガキじゃねぇんだから。
店主 いや、お上の指導で、これからは注文の際に、数、ネタの量、ワサビの有無、細かいところまで正確に言ってくれないと握れなくなっちゃったんですよ。
お客 か~っ、しょうがねぇなぁ。
――そんなこんなで、ようやく寿司が出てまいりました。
お客 うまいね!いいネタだ。腕もいいね。もう1個、トロお願い。
店主 すみませんね、お客さん。あまり同じもんばっかり注文してもらうと、大量推奨販売じゃないかって調査が来ちゃうんですよ。カンベンしてください。
お客 なに?
店主 ほら、あそこに監視カメラがあるじゃないですか。あれで見てるんですよ。
お客 なんだかなぁ。もう食う気しねぇよ。じゃ、上がり。
店主 へい、毎度ありがとうございます。お客さん、ところで来月から席料3,000円いただくことになりましたんで。
お客 おい、なんだそりゃ。
店主 いえね、お上の指導で、ラップなんたらというやつで、お客さんの健康管理に気を配った出し方しろってんですよ。おまかせにしちゃうと食い切れねぇ量を出すすし屋が多いんで、食べる量に関係なくお勘定をいただく。するってぇとお客さんが注文を出さなくても、ウチはそこそこ儲かるって寸法で。
お客 それじゃ、まるでぼったくりじゃねぇか。
店主 でもね、お客さんが昨日何を食べたのか、体調はどうか、あと何年生きたいのか、明日の予定も聞いて握りますから。健康管理にはもってこいですよ。
お客 ばかやろう、余計なお世話だい。すし屋はな、何がいま美味しいのか教えてくれて、上手に握ってくれりゃいいんだよ。まずけりゃ二度と来ねぇんだから。
店主 ところでお客さん、お仕事なんでしたっけ?
お客 おれは漁師だよ。
店主 あ~早く言ってくれなくちゃ。まさかマグロ漁師じゃないでしょうね。いえね、お上の指導で内部者登録って今度から必要になったんで、注文するときには、自分の産地の魚じゃないって書類にハンコをもらうことになってるんですよ。
お客 わかったよ、この店とは縁切りだよ。
――お客はとうとう怒って帰ってしまいました。お笑い・寿司処〝錦湧兆〟のお粗末でございました。
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