基本の話by前田昌孝(第4回)

公開日: : 最終更新日:2022/05/01 上級, 無料記事 ,

 よく株式投資と資産形成との関係について、「株式は短期的には元本割れのリスクがあるが、長期的に取り組めばリターンが膨らみ、メリットがある」と説明されることがあります。個別株投資の話ではなく、おそらく指数連動型(インデックス)投信などを買った場合を想定しているのだと思いますが、本当なのでしょうか。

 「メリットがある」という表現はちょっとあいまいなので、ここでは「消費者物価の上昇率を上回るリターンが得られる」と言い換えておきましょう。「長期的に」という言い方もあいまいなので、とりあえず「20年以上」ということにしておきましょう。最初の命題は「日経平均連動投信を買って20年以上持ち続ければ、純資産は消費者物価指数の上昇率以上に膨らむ」と言い換えることができます。

 1980年代のバブル期に至るまでの日本経済の高度成長を振り返れば、最初の説明は、過去の実績の解説としてはたぶん当たっていると推察できます。戦後の東京証券取引所の取引再開は1949年でした。投資は年末に限るとすると、20年間の投資は「1949年末に買い、1969年末に売る」から「2001年末に買い、2021年末に売る」まで53通りあります。

21年間の投資は「1949年末に買い、1970年末に売る」から「2000年末に買い、2021年末に売る」まで52通りあります。このように投資年数が1年延びるたびに、パターンは1通りずつ減っていき、最も長い投資は「1949年末に買い、2021年末に売る」という72年間の投資で、これは当然、1通りです。

つまり、20年以上の投資のパターンは全部で53+52+51+・・・+1=1431通りあります。(初項+末項)×項数÷2という、等差数列の和を求める公式を思い出した人もいるでしょうね。

 この1431パターンのうち、株価の上昇率が消費者物価指数の上昇率を上回ったのは何通りでしょうか。消費者物価指数の長期時系列データは、総務省が公表している「帰属家賃を除く総合」を利用しました。日経平均株価は1949年末の109円91銭から2021年末の2万8791円71銭まで262倍になりました。消費者物価指数は1949年末の12・4から2021年末の100・1まで8倍強になりました。

 この違いをみても、20年以上の長期投資で株価の上昇率が物価の上昇率を上回ったケースは相当あると想像できます。実際、細かく計算すると、株価が物価に勝ったのは、20年以上の投資全体の91%に当たる1303パターンに達しました。

 全体の9%に当たる128パターンでは、20年以上の長期投資をしても、株価が物価に追い付きませんでした。「いや、そんなのは例外だ。投資家には株式の配当を原資とした分配金も入る。長期投資には十分なメリットがある」と結論付けていいのでしょうか。

 データをもっと詳しく見ていきましょう。投資開始が1971年までだった場合には、いつ投資を始めても、20年以上持っていれば、必ず株価は物価に勝ちました。996勝0敗でした。日本の高度成長期は物価も上昇しましたが、それを上回る真の経済成長を実現できた点で、すばらしい時代でした。しかし、1981年以降に投資を始めた場合は、20年以上持っていても、株価が物価に追い付かない場合が増えてきます。具体的には142勝111敗となっています。

 グラフは投資開始年を約10年ごとに区切り、株価と物価との関係がどうだったかを示しています。経済の先行きは誰にも予想できないとはいえ、戦後の高度成長並みの経済成長がこれから再現する可能性はあまり高くないと思われますので、「長期に投資すればメリットが出てくる」などと、安易に言わないほうがいいような気がします。

 同じことを理屈で考えてみます。日本の株式相場のリスクとリターンがどんな関係にあるのかが議論の出発点です。想定リスクと期待リターンは一般に過去の相場変動の実績をもとに推定するのですが、巨大なバブルの崩壊などを経てきた日本の株式相場では、過去何年間の実績をもとに算定するかで、数値に大きな違いが出てきてしまいます。

 そこでとりあえず公的年金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が現行の基本ポートフォリオの作成に使ったデータを利用してみます。GPIFのホームページに書いてあります(基本ポートフォリオの変更について「詳細」版)が、想定リスクが23・14%、期待リターンが5・6%になっています。これは配当によるリターンも加えた想定になっています。

 5・6に23・14を加えると、28・74、5・6から23・14を引くとマイナス17・54になりますが、これは幅広い銘柄に分散された日本株のポートフォリオを運用すると、1年間のリターンはほぼ3分の2(1標準偏差、正確には約68・27%)の確率でマイナス17・54%からプラス28・74%の範囲内のどこかになるという意味です。

 5・6に23・14の2倍を足すと51・88、5・6から23・14の2倍を引くとマイナス40・68になります。1年間のリターンは95・45%(2標準偏差)の確率で、マイナス40・68%からプラス51・88%の範囲内にとどまるということです。2標準偏差ならばもちろん、1標準偏差でも元本割れのリスクが大きいことがわかるでしょう。消費者物価指数の上昇率を下回るリスクもかなり大きいと思われます。

 こうしたバラツキの大きい運用を20年、30年、40年、あるいは50年間積み重ねていくと、だんだんとリターンが安定して、元本割れや消費者物価指数の上昇率を下回るリスクはなくなるのでしょうか。毎年の運用成績はプラスだったり、マイナスだったりして、皆無ではないにしても、20~50年間続けて毎年マイナスなどということはほとんどないと思います。サイコロを振って20~50回続けて偶数の目(あるいは奇数の目)が出続けることがほとんどないのと同じです。

 しかし、よい年と悪い年とが相殺されて、期待リターン(年率5・6%)の水準に収れんするかというと、そんなことはありません。以下に50年間の運用を1000回シミュレーションした結果を書きます。結論から言うと、運用年数を重ねるにつれ、ベストだったケースとワーストだったケースの年率(あくまで年率)リターンの差は縮まっていきます。

 といってもこれは「平均に回帰していく」などという意味ではありません。長期運用では年率リターンの違いがちょっとでも異なれば、ベストケースとワーストケースの絶対額の差は意外と大きくなります。20~40年後の資産額(元利金)の差は極めて大きく、1000回のシミュレーションのなかでは元本割れになるケースもかなりあります。

 株式のようなリスク商品で運用する場合に、長期で運用すれば短期的なブレが相殺されて、十分にリターンが確保できるといった説明はもっともらしくて、うっかり信じてしまいそうですが、そんなことはまったくないことがお分かりいただけるでしょうか。

 それでも長期投資のメリットを説く人が絶えないのは、うまくいかなかった人の多くが途中で運用をやめてしまうからではないでしょうか。運用を続けていたとしても、足元で含み損になっている場合には「私は運が悪いのだから仕方がない」と受け止めるだけで、そんな体験談をわざわざ話さないからではないでしょうか。

 宝くじに当たった人だけが「宝くじはすばらしい」などと主張されても、あまり意味がないのと同様、長期投資に成功した人だけが「長期投資はメリットがある」などと主張しても、客観的な状況の説明にはなっていません。株式投資の世界には投資のリスクを過小評価させるような話があふれています。投資の成果に応じて生活水準を大幅に落とす覚悟がないのならば、あくまでも余裕資金で取り組むべきでしょう。(マーケットエッセンシャル主筆)

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