基本の話by前田昌孝(第44回、グロース市場の改革)

新興企業向け市場の株価動向を表している東証グロース市場250指数(旧東証マザーズ指数)が8月18日に2023年7月5日以来約2年ぶりに800台を回復しました。低迷続きでしたが、東京証券取引所が取り組んでいるグロース市場の改革に期待する向きもあるようです。今回の改革ではどんな効果が期待できるのでしょうか。

米国のナスダックとの違い

最初から比較にならないと言われそうですが、巨大ハイテク企業が上場している米国の新興成長企業向け市場「ナスダック」と東証グロース市場とは何が違うのでしょうか。米国にはほかに多数の上場企業を集めている市場としてはニューヨーク証券取引所がありますが、ナスダックとは上下関係になっていません。

「当社はもっと成長企業であることをアピールしたい」という狙いで、ニューヨーク証取からナスダックに鞍替えする企業もあるのです。たとえば2011年には半導体大手のテキサス・インスツルメンツが移行しました。上場企業の合計時価総額も6月末時点でナスダックが31兆9600億ドルとニューヨーク証取の30兆8400億ドルを上回っています。

これに対し、日本のグロース市場は東証プライム市場への上場を目指す通過点にすぎません。規則上は並立になっていて、プライム上場企業が逆にグロース市場に上場しようと思えば、グロース市場の上場審査を受ける必要がありますが、大学生が予備校に入学するようなもので、通常は考えられません。上場企業の合計時価総額も8月末現在で9兆5381億円とプライム市場の1055兆210億円の100分の1未満です。

機関投資家が注目するような魅力ある成長企業の上場が少ないせいか、株価動向も総じてパッとしません。グラフは2003年9月12日から算出が始まっているグロース250指数の2018年末以降の動きです。

2年ぶりに800を回復し、今後の展開への期待は高まっているのですが、日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)が最高値圏で推移しているのと比較しても、大幅な出遅れは明らかです。仮にプライム市場への通過点だとしても、グロース市場で成長して「卒業」していくわけですから、株価は右肩上がりになってもよさそうなものです。卒業試験にパスできない残留組が足を引っ張っているのかもしれません。

3分の2がグロースに残留

東証が市場区分を変更した後は、赤字でも上場できる、社歴が浅くても上場できるといった特徴を持った新興企業向け市場は東証グロース、名古屋証券取引所ネクスト、福岡証券取引所Q-Board、札幌証券取引所アンビシャスの4市場に整理されましたが、これまで実にさまざまな市場がありました。

最初に上場したのは、2000年6月19日に始動したナスダック・ジャパン(その後ヘラクレスに名称変更)に登場した8銘柄でした。その後、上場を廃止した企業もあり、この8月末現在で残っているのは、途中でいったん上場を廃止して再上場した企業を除くと、969社になります。

この969社が現在、どの市場区分に所属しているのかを一覧表にまとめてみました。現在でも新興企業向け市場に上場し続けている、つまり、残留組は合わせて625社あります。このうちマザーズ時代に上場してグロース市場に残っているのが362社、グロース市場になってから上場してそのままなのが202社です。

新興企業向け市場を卒業したのが残りの344社ということになります。うち東証プライム市場に名実ともに昇格したのが175社です。スタンダード市場への移行は「昇格」と呼んでいいのかどうか判断に迷いますが、一応、165社が相当します。ほかに名古屋証券取引所内での区分変更が2社、札幌証券取引所内での区分変更が2社ありました。

新興企業向け市場に上場した企業は、必ずしも経営破綻などではなく、他社に買収されたり、MBO(経営陣が参加する買収)を実施したりという理由で、上場を廃止するケースも多いため、「上場企業の約3分の1が卒業する」というのはちょっとミスリードです。ただ、現在、どこかの市場に上場している969社だけを母数とすると、約3分の2が残留し、3分の1が他市場に移っていることになります。

やはり残留組が足かせか

新興企業向け市場に上場した企業の株価がその後、どう推移してきたかをみてみます。上場初値を100とし、上場日が属する月の月末を起点に、1年後から15年後までの株価がどう推移してきたのかをグラフにしてみました。上段と下段に分かれていますが、上段は現在も新興企業向け市場に残留している銘柄だけの株価動向、下段は卒業した銘柄も含む全体の株価動向です。

銘柄ごとに株価水準が違う状況のままで、株価を平均しても意味がありませんので、個々の新規上場銘柄の初値を100とし、その後の株価水準を指数化したうえで、平均値を出してみました。卒業銘柄を含む969社の平均(下段のグラフ)の場合は、上場した月の末日が99・1、そこから1年後が99・9、2年後が102・3、3年後が103・4という具合に推移し、10年後には181・3、15年後には259・3になりました。

これは新規上場した銘柄をすべて上場初値で同じ金額ずつ購入し、持ち続けた場合のパフォーマンスにほぼ等しいです(実際は上場を廃止する企業がある分、差異が出てくる)。購入した銘柄を個々にみると、3年後には初値(購入価格)を上回っているのが222銘柄と下回っている556銘柄に比べてかなり少なく、10年後でも131勝229敗になっています。年数が経過するにつれて、集計対象の銘柄が少なくなるのは、上場の歴史が浅い銘柄が多いためです。

銘柄数ではずっと負け越しではありますが、株価の平均値が10年後に1・813倍、20年後に2・593倍になったのは、購入銘柄のなかに株価が大化けした銘柄がそれなりに含まれていたためでしょう。

ただ、同じ計算を現在も新興企業向け市場に残留している625銘柄についてやってみると、上段のグラフが示す通り、株価(初値を100として指数化した株価)の平均値は上場した月の末日が97・2、そこから1年後が89・3、2年後が79・5、3年後が74・0という具合に推移し、10年後でも91・9、15年後でも94・3にとどまりました。

初値割れを負けとした場合の上昇と下落の割合も、3年後に88勝348敗、10年後に31勝102敗、15年後に15勝51敗と大幅な負け越しが続きました。一部の銘柄は大きく値上がりしているのかもしれませんが、やはり卒業できないということは、経営内容も思わしくないのではないでしょうか。グロース市場全体の足を引っ張っていることは確かです。

「5年で100億円」を基準に

東京証券取引所は今回のグロース市場改革で、グロース市場に残留して市場全体の足を引っ張りそうな銘柄を、グロース市場から外すことにしました。2022年4月の市場区分変更に合わせて、グロース市場の上場維持基準をマザーズ時代の「上場10年経過後に時価総額10億円達成」から強化して「上場10年経過後に時価総額40億円達成」に高めたのですが、新しい基準では「上場5年経過後に時価総額100億円達成」になります。

ただ、10年後の判定では基準を満たせず、改善期間を経ても基準未満の場合には「監理銘柄」や「整理銘柄」に指定して上場が廃止されますが、5年後の判定では上場廃止「処分」をするのではなく、該当企業にスタンダード市場への移行を求めるのだそうです。

東証プライム市場と名証プレミア市場をプライムグループ、東証スタンダード市場、名証メイン市場、福証、札証をスタンダードグループ、東証グロースと名証ネクストと福証Q-Boardと札証アンビシャスをグロースグループとし、新興企業向け市場に上場した企業969社が現在、所属しているグループごとに時価総額の分布を表にしてみました。8月末時点の時価総額で区分けしてあります。

グロースグループに残留している625社のうち、時価総額が40億円未満にとどまるのは191社ですから、このまま上場10年が経過すると、上場廃止の対象になります。時価総額が100億円未満にとどまるのは、40億円未満の191社を含めて396社ですから、このまま上場5年が経過すると、スタンダード市場への移行を要請されることになります。

スタンダード市場には上場審査基準として直近1年間の純利益または税引前利益が1億円以上という収益性基準がありますが、グロース市場で上場5年後100億円の基準を満たせずに移る企業に関しては、この収益性基準は適用しないことにしています。

経営統合などで基準クリアを

新興企業向け市場に上場した企業の上場後の時価総額分布がどうなっているのかもグラフにしてみました。上段はグロースグループの市場に現在も残留している企業だけの状況、下段はほかの市場に卒業していった企業も含む969社すべての状況です。

棒グラフの緑の部分は時価総額100億円を達成していて、グロース市場の上場を続けられる企業です。上場5年後というタイミングでみると、すでに卒業してしまった企業を含めれば、630社中38%に当たる240社が100億円以上になっています。残り、つまり62%に当たる390社は100億円未満です。このうち219社はグロース市場に上場して5年が経っています。

東証の新基準の適用は2030年以降に予定していますが、もしいま新基準が当てはめられれば、219社がスタンダード市場への移行を要請されることになります。

上場10年後というタイミングでみると、グロースグループに残留している66社のうち半分の33社が時価総額40億円未満にとどまっています。40億円のハードルは2022年の市場区分変更後に設けられましたから、現時点で上場廃止の対象になるわけではありませんが、放置できないことは確かです。

自社だけの成長では時価総額の大幅な引き上げが難しければ、M&A(企業の合併・買収)なども検討し、機関投資家が投資対象としてカウントできるまでの時価総額を確保する必要がありそうです。グロース市場に残留するとしても、時価総額100億円はクリアする必要があります。

新興企業が上場を目指す過程では、出資したベンチャーキャピタルや幹事証券会社があれこれと「指導」するため、緊張感を持っている経営者も多いのですが、いったん上場してしまうと、伴奏役がいなくなってしまいます。創業経営者らも目標を達成して安心してしまうケースがあります。

東証の新基準はこうした「上場ゴール」で満足せずに、成長をし続けることを促すのが大きな目的です。米国のナスダックとの差が簡単に縮まるとは思えませんが、本当に新興「成長」企業が集まる市場に変貌していくのならば、お金を振り向けてもいいと考える投資家が増えてくるのではないでしょうか。(マーケットエッセンシャル主筆)

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