映画「チャイルド44 森に消えた子供たち」とギリチューの行方
国際エコノミスト今井澂
公開日:
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最終更新日:2015/07/21
マーケットEye 今井澂, 今井澂のシネマノミクス
「連続殺人は資本主義の弊害によるもの。社会主義のわが国に、この種の犯罪は存在しない」という独裁者スターリンの言葉を金科玉条にしていた共産主義国家ソ連。人類史上最悪、12年にわたり52人の犠牲者を生んだ犯罪が放置された。
この事件に想いを得て英国のトム・ロブ・スミスが小説とし、「チャイルド44」を書き、世界的なベストセラーに。2008年に日本でも「このミステリーがすごい」で1位になり、英国推理作家協会の最高傑作賞を獲得した。ロシアでは発禁処分にされているが。
共産主義社会の生む人権抑圧(人間の尊厳無視)」はご存じの通りだが、つい先週展開された上海株式市場へのなりふり構わない、なんでもアリの株価維持作戦と共通した恐ろしさを持っている。真実が歪められる恐ろしさだ。
何でもアリの中国株価維持
マーケットというものは自由でなければならない。これは鉄則だが、中国共産党政権はカラ売りを何と公安当局を使って強制調査した。売買さえ上場銘柄の半分がストップされている。このほか①ファンドマネジャーが自分のファンドを買わされる、②政府は国営企業の株を買う、などなど。非常事態だから何でもあり、だろう。
中国株のバブル崩壊は初めてではない。前回は2005年10月の1000から2007年10月の6124(史上最高)まで。その後リーマン・ショックもあり2008年末の2000まで。当時は9%成長だったし、4兆元の景気刺激策という余裕もあった。
今回はどうか。昨年10月の2300から6月12日の5187まで。金融緩和と政府の宣伝とくにAIIB期待から主に信用取引を中心に上げたバブルだ。PERは60倍かそれ以上。信用買い残は時価総額の5・3%にまで、増加は半年で3・5倍に達した。これが30%以上の下げで、前述の「何でもあり」になった。
政権崩壊のヤマは2017、8年
実は習政権は最近、矢継ぎ早に統制を強化している。「国家安全法」「反テロ法」で、とくに暗号情報をプロバイダーが当局に対し開示を義務付ける規定は、国際社会から反発されている。反外国企業法に他ならない。撤退する企業が相次ぐ日が近い。
公表されている成長率7%は虚偽。最近月のいわゆる李克強景気判断指数①貨物輸送量(マイナス28%)②電力消費量(プラス1・7%)③銀行の社会融資(マイナス55%)。せいぜい3%だろう。
それでも私は、中国の共産党支配がすぐ崩れるという一部の人が期待(?)している破局説はとらない。まだ習政権には打つ手は残されているから。どうせだめなのだが、2017,8年がヤマ場だろう。そこまでは、何とか、保つ。
ギリシャ問題はドイツ問題
一方、ギリシャ。このブログを書いている週末にはEUは首脳部が結論を出すので、荒れる月曜日が「二度あることは三度」になるかどうかわからない。
しかし、これだけははっきりしている。ギリシャの債務はデフォルト(債務不履行)になったら、米欧の銀行大手が巨額のCDS(倒産保険)の損失を被る。だからIMFは債務減免を主張し、ECBもクビ斬り役人になりたくないから当面の流動性供与を重視し、ゲタをEC首脳に預けている。
EU首脳のキーパースンは独メルケル首相であることは言うまでもない。しかし、ギリシャ国債のCDSを買っている最大手がドイツ銀行であることを知りながら、デフォルトを起こせば、金融ショックは、1,2か月のうちに発生するだろう。
米国の銀行はギリシャCDSの保有高を公表している。JPモルガン4兆2470億ドル、シティバンク2兆4860億ドル、バンクオブアメリカ2兆1850億ドル、ゴールドマンサックス2258億ドル。ドイツ銀行は、JPモルガンより多いことは間違いない。だからフランスの私の情報ソースは「ギリシャ問題はドイツ問題だ」と言っている。
6月9日。かつてトリプルAだったドイツ銀行の格付けはAマイナスからトリプルBプラスまでS&Pによって格下げされた。
ドイツ銀行は、①LIBORの操作疑惑で英米当局と和解21億ドル支払い、②銀行のストレステストに不合格、③格下げ翌日CEOが退社、など不安材料が多い。株価の方はそれほど下げていないがー。CDS(ギリシャ国債に対する)のレートは5月の2300から、8000以上に。現時点で、もうコスト割れだ。
リーマン・ショックのAIGがドイツ銀行
もうひとつ。ECBを経由してドイツ連銀はギリシャ中銀に対し、コゲつきかねない大量の債権を持つ。
ドイツ銀行は民間企業だが、連銀、中銀というと日本銀行に当たるから重大だ。
ECBをあいだにはさんだ各国の中央銀行間の貸し借りは「ターゲット2勘定」という。国と国との取引は「決済」と言われ、ギリシャの銀行に決済のための預金がない場合、ギリシャ中銀かECBから調達しなければならない。ECBは資金余剰のドイツ連銀から借りる。
4月末で少し古いが、ドイツ連銀のECBに対する債権は74兆円。ギリシャ中銀の方はECBに対し14兆円の債務があった。現在はもっと債務は増加しているだろう。ギリシャの民間銀行が倒産した場合はドイツ連銀のECBに対する債権はコゲつく。
だから、ギリシャのチプラス首相は強気の姿勢(債権国に向かって、何とテロリスト!と非難した)を保てる。弱者の恫喝だ。
メルケルさんもそこいらは百も承知だろうが、ドイツ国内の世論がアンチ・ギリシャなので、次の選挙が怖いのだろう。
ヘッジファンドの連中は、デフォルトが正式に認定されれば、リーマン・ショック時のAIGの立場にドイツ銀行がなる、と言っている。だからジョージ・ソロスはNY市場の売りオプションを大量に保有した、とも。
東京市場は一番早く立ち直る
それでも、NYや欧州の株式市場で下げがあっても、東京株式市場はいちばん早く、大幅な上昇がある、と私は確信している。
金融緩和があって、企業収益の向上が続き見通しはいい。肝心の買い手はJPIFなどクジラが何頭もいるし、秋の海外市場が心配な頃には新しい2頭―ゆうちょ銀行とかんぽ生命―が加わる。長期に保有する外国人機関投資家の一流どころも大量に買っている。私の経験で、こんなに投資環境がいいことはほとんどなかった。
買いそびれていた個人投資家の方々に申し上げる。この下げは天の与えた大きなチャンスです。すくんでしまっては、ダメです、と。
二度あることは三度ある、とか。13日の月曜日は心配だし、メルケル首相次第で最悪のシナリオになる可能性はゼロではないが、まあそれほどのバカとは思えない。楽観は努力の産物、とどこかの物知りが言っていた。待つことにしよう。
映画の中では、国家保安省に勤める主人公レオが、妻ライーサを見そめてプロポーズするが、妻の方は実は権力が恐ろしくてイエスという。ところが妻にスパイの疑いがあり、告発を示唆されたレオが処刑を覚悟で「妻は無実です」と主張。妻とともに地方に左遷される。そこで妻は夫を心から愛し始める。
スターリン時代のソ聯の刑法で政治犯の定義として「ソヴィエトの権力を覆そうとしたり、打ち倒そうとしたり、弱めようとした者」。いくつでも解釈できるこの言葉を利用して国家権力は何でもできた。そのスターリン時代と習政権と基本的に変わりない、と私は考える。市場も経済も、権力でどうにかできるものではない。絶対に。
映画「チャイルド44 森に消えた子供たち」とギリチューの行方(第782回)
今井澂(いまいきよし)公式ウェブサイト まだまだ続くお愉しみ
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