基本の話by前田昌孝(第2回)

誤解しないでほしいが、株式投資の勉強が無意味だなどと主張しているわけではない。勉強することと、高いリターンを得る可能性が高まることとは別問題というのが、筆者の考えだ。勉強すれば、証券会社や資産運用会社などに高待遇で雇われる機会に恵まれるかもしれない。しかし、株価の先行きが的確に予想できるようには、ならないだろう。

ある論理が間違っていることを示す証明方法として、「背理法」がある。高等学校の数学で勉強するが、「ある論理(命題)が正しい」ことを前提とすると、矛盾した結果が出てくる。だから「ある論理は間違っている」という筋立てで、最初の命題を否定する手法だ。

もし「株式投資の勉強をすれば、成功する確率が高くなる」という命題が正しいとすると、おそらく運用会社で働く投資のプロは、平均的な素人よりも勉強を積み重ねているだろうから、あくまで平均値での話だが、プロが生み出す投資リターンは、素人が享受できる投資リターンよりも高いのではないかと想像できる。

東証株価指数(TOPIX)などの株価指数は、基本的にすべての投資家のリターンの平均値だから、プロが素人に勝てるというのならば、プロのリターンの平均値は株価指数の騰落率を上回り、素人のリターンの平均値は株価指数の騰落率を下回っていなければならない。

しかし、投資信託の運用成績に関する内外のさまざまな分析が、プロが知恵を絞って運用するアクティブ運用投信の過半が株価指数に負けることを示している。米国の株価指数算出会社、S&Pダウ・ジョーンズ・インディシーズによると、例えば米国のアクティブ運用の大型株ファンドの82・51%は、2021年6月末に至る過去10年間の運用成績が、米国の代表的な株価指数のS&P500の上昇率を下回ったと報告されている。

S&P500を下回った投信の割合は、2021年6月末に至る過去5年では72・67%、過去3年では67・64%、過去1年では58・20%だったというから、「負けっぷり」は過去10年ほどではないが、いずれにしても過半は負けている。

日本国内の投信も似たり寄ったりだ。2021年6月末に至る過去10年間の日本の大型株ファンドの運用成績を、大型株指数のS&P/TOPIX150と比べると、本数ベースで79・40%が指数を下回っていたという。「負けファンド」の割合は過去5年では77・40%、過去3年では70・53%、過去1年では58・13%だった。

「株式投資の勉強をすれば、成功する確率が高くなる」という命題が正しければ、プロが運用するアクティブ運用投信の勝率はもっと高くてもいいはずだ。背理法に従えば、これだけ「負け」の割合が高いのは、最初の前提が間違っているからだ。投資のリターンは勉強すれば高まるようなものではないという筆者の主張がおわかりいただけるだろうか。

ただ、プロは過半が負けているのだから、「投資の勉強をすればするほど、成功する確率が低下する」と、真逆の結論を導き出してしまうのも、正しくない。この先の話は本連載のもっと後のほうでする予定だが、リスク商品で資産を運用する場合には、理論上、プロだろうが素人だろうが、本数ベースでは過半が株価指数に負けるのである。

プロ、素人の区別なく、すべての運用のリターン(プロの場合は運用報酬を差し引く前の成績)の総平均は株価指数並みになる。ごく少数の投資家がものすごく高いリターンを出して、平均値を押し上げるからだ。神様のような常勝の投資家がいるのではなく、誰でも平等にこの「当たりくじ」を引く可能性があるのが、投資の世界だ。

なぜ株式投資の勉強をしても、勝てる確率が高まらないかを別の角度から考えてみよう。どの企業でもいいが、例えば、トヨタ自動車、ソニーグループ、みずほフィナンシャルグループ、セブン&アイ・ホールディングス、ファーストリテイリング(ユニクロを展開している企業)の5社を思い浮かべるとする。

このうち、「これから業績が良くなりそうなところはどこか」という質問を受けたとすると、企業分析にたけた人は、的確に答えられるかもしれない。もちろん経済は生き物なので、将来は不確実だが、どんな商品が売れているのか、ライバル会社の動きはどうか、経営戦略は適切かなどをよく研究した人は、どこの収益が伸びそうで、どこが低迷しそうか、確度の高い予想ができるのではないか。

しかし、「5社のうち、向こう1年間で最も株価が値上がりしそうなのはどこか」といった質問を受けたとすると、その答えは簡単には出せない。業績がよさそうな企業はすでに株価が高くなっていて、これから上げ余地がどれだけあるかわからない。業績が悪そうな企業は株価もすでにそれなりに低く、バッドニュースがさらに出てこないのならば、株価は意外と上昇するかもしれない。

「当てずっぽうでいい」というのならば、適当な社名をいえるだろう。もっともらしい理屈も口にできるかもしれない。しかし、株価は実にさまざまなことを織り込みながら動く。「外れたら全財産没収だ」といわれたら、筆者は怖くて何もいうことができない。

仮にあなたが「トヨタ株が最も値上がりする」と心から信じたとしても、株式市場ではそのトヨタ株を「これから安くなる」と考えて売っている人も数多くいる。あなたが正しくて、株式を売っている人は間違っているなどとは、決していうことはできない。株式市場について詳しくなればなるほど、確信を持ったことはいえなくなるものだ。 でも株式投資の勉強は無駄ではない。どんなことでもきちんと本質を理解して、他人にわかりやすく説明できる能力を身に付けることは有意義だ。頼りがいがある人物として、周囲から尊敬を集めることのほうが、長い人生を歩むうえでは、投資のリターンなんかよりもはるかに大切だから。(マーケットエッセンシャル主筆)

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