ロシア 没落の始まりか
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最終更新日:2022/06/27
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2年前、新型コロナウイルスが突如として世界の人々を襲いました。誰もが想定しなかったことです。ところがまたも、誰もが「そんなことはあるまい」と考えていた恐怖の事態が発生しました。ロシアのウクライナ侵攻です。これによってロシアは世界から孤立せざるをえません。その結果、ただでさえ脆弱な経済基盤がますます弱体化し、プーチン大統領の目指す大帝国の復活どころか、ロシアは没落への道をたどることになるのではないか。そんな気がします。
ちょうど30年前になりますが、ソ連崩壊の1年後、1992年11月に新生ロシアを取材したことがあります。70年にわたった社会主義体制が突如として崩れ落ちたのですから、ロシア社会は大混乱に陥っていました。ルーブルは暴落を続け、モノの値段は連日上がるという状況でした。エリツィン大統領、ガイダル首相代行のもとで市場経済システムへの移行ががむしゃらに進められていたのですから、人々が戸惑うのも当然でしょう。
現地で何人かの要人に会うことができました。特に印象に残っているのは、ソ連の最後の指導者、ゴルバチョフ大統領の経済顧問を務めたニコライ・ペトラコフ教授です。教授はヤブリンスキー、シャターリンなど当時の気鋭のエコノミストを集めていわゆる「500日計画」(精密な市場経済移行プログラム)を策定したことで有名な経済学者です。筆者の訪ロ直前に彼の著作が『砂上の改革—ペレストロイカに挑んだ日々』(日本経済新聞出版)と題して翻訳出版され、それを読んだのが会うきっかけでした。
社会主義の改革を目指していたゴルバチョフ大統領は、「500日計画」を当初は了承しながら、結局は受け入れませんでした。したがってこの計画は幻となったのですが、ペトラコフ教授は、計画経済の非効率と経済力を無視した過剰な軍事支出の拡大によってソ連経済は完全に失敗したとみていました。だから議会制をはじめ国のすべての行政制度、社会経済システムを欧米流の民主主義、市場経済型に移行させる必要があると判断したのです。ところが、肥大化した軍事産業部門を中心にした改革反対派を突き崩すことができなかったのだということでした。
ペトラコフ教授は、「ゴルバチョフは自ら始めたペレストロイカ(共産党一党独裁体制の大改革)に追い越されたのだ」と著書で表現しています。ゴルバチョフは民主主義の考え方を取り入れてペレストロイカと同時にグラスノスチ(情報公開)を進め、社会主義に人間性を与えようとしたのですが、暗く陰湿な社会主義にうんざりしていた国民が目覚め、急進化改革を唱え、国民的人気を獲得していたエリツィンに道を譲らざるをえなくなったというのです。とにかく大混乱を伴いながらロシアは欧米や日本と同じ市場経済圏に仲間入りしました。
ほとんど同時に、1989年の天安門事件で欧米から経済制裁を受けていた中国が、政治体制は社会主義を維持しながら経済の面では市場経済化を急いでいました。1992年初め、最高指導者の鄧小平が経済基盤のある広州など中国南部地方を巡回し、民間企業の自由競争による資本主義的発展を奨励したのです。いわゆる「南巡講話」です。ちょうどそのほぼ半年後、訪ロの直前ですが、南巡講話の経路をたどる幸運に恵まれました。各所で訪れた企業には鄧小平の写真が大きく掲げられ、生産現場は活気に満ちていました。その後の中国経済は文字通り「高速発展経路」をたどりました。2001年にはWTO(世界貿易機関)への加盟を果たし、グローバル経済の果実を十分に享受して、2010年には日本を抜いて世界第2の経済大国になったことは周知の通りです。
ところがロシアはグローバル経済の恩恵に浴さなかったのではないかと考えられます。豊富な石油・天然ガス資源に恵まれていたことに加え、冷戦時代の軍事産業優位の産業構造の改革に失敗したためだと思われます。市場経済化を一気に進めたエリツィン時代の10年は第2次石油ショックの反動もあって石油価格が低迷し、ロシアの経済力は大きく落ち込んだのです。エリツィンの後のプーチン政権が誕生した2000年代に入って石油価格は上向きに転じ、石油の輸出拡大によってロシア経済は息を吹き返しました。
しかし、軍事優先の産業構造はこの30年間、ほとんど変わっていないのではないかと思います。IMF(国際通貨基金)によりますと、1億4,000万人の人口を抱えるロシアのGDP(国内総生産)は2020年で1兆4,700億ドル余り。世界全体の1.7%に過ぎません。イタリア、カナダ、韓国の後塵を拝しているのです。1億2,600万人の日本のGDP(世界第3位:5兆ドル強)の3分の1に過ぎません。天然資源主体の発展途上国型産業構造はほとんど変わっていません。ロシアの輸出の約50%、政府歳入の40%は石油や天然ガスによるものです。
またストックホルム国際平和研究所の各国軍事費調査によりますと、2020年のロシアの軍事費はGDPの4.2%だったということです。GDP対比でみた軍事費の割合は、ロシアが突出して高いのです。ちなみにアメリカは3.8%、中国は2.1%です。軍事費がロシアの国民生活を圧迫していることは明らかです。今後、ロシアが孤立し、市場経済の世界から切り離されれば、海外からの投資も途絶し、ロシア経済は長期低落の道を歩まざるを得なくなるのではないでしょうか。
(2022年3月9日記)
【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか
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