激な円安が語ること
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最終更新日:2022/06/27
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このところ新聞やテレビでの話題は、ロシアのウクライナ侵攻に加えて急激に進行する円安に集中しているようにみえます。円相場は今年に入って1ドル110円台で緩やかに円安方向に進み2月に120円台に乗せるという展開を続けていましたが、4月に入って急激に円安のスピードが上がり、本稿の執筆段階では130円の大台に迫っています。なぜこんなに急激に潮目が変わったのでしょうか。
多くの専門家が指摘しているのは、日米の金利差の拡大です。アメリカでは景気回復が顕著なことを反映してインフレが加速しています。アメリカの消費者物価指数の上昇率はこのところ前年同月比8%近くに達しています。40年ぶりの上昇率だということです。この物価上昇を抑えるために中央銀行制度のFRB(連邦準備制度理事会)が政策金利を段階的に引き上げる方針を明らかにしています。その結果、すでにアメリカの長短金利は上昇トレンドに入っています。
一方、日銀は、アベノミクス由来の超金融緩和(黒田総裁の表現では「異次元の金融緩和」)政策を継続する方針を明言していますから、アメリカが高く日本が低いという、日米の金利差がますます開く方向にあります。そうなれば金利の低い日本で円を調達し、その円を売ってドルで運用すれば金利差分を稼げます。こうして外国為替市場では円を売ってドルを買う動きが強まり、円安ドル高が進行するというわけです。
日米の金融当局の政策スタンスの違いは、両国の景気回復力の差を反映しています。IMF(国際通貨基金)が4月19日、「戦争が経済回復を抑制する」と題する世界経済見通しの改訂版を発表しました。それによりますとコロナ禍が続いているうえにウクライナでの戦争激化で一次産品や原油・天然ガスなどの価格が大幅に上昇し、世界経済の成長力が大幅に抑制されるとみています。2022年の見通しでは、先進国の成長率(実質)は3.3%(2021年5.2%)に止まり、そのうちアメリカは3.7%(2021年5.7%)、日本は2.4%(同1.6%)とみています。日本の回復力は引き続き弱いとみられているのです。
現在の急激な円安は、輸入品価格の上昇を通じて既に国民生活を圧迫し始めています。この傾向が長期化するのか、長期化した場合、日本経済にどんな影響があるのか、考えてみましょう。
まず1ドル130円前後の水準をどうみるか。株式市場と同じように為替市場もさまざまな取引動機で通貨の売買が行われているわけですから為替相場は株価と同様に日々変動します。為替相場の変動の程度は株価をはるかに上回るというのがこれまでの経験の教えるところです。わずか10年前には1ドル50円を視野に入れるべきだという見方まであったことを考えれば納得できると思います。ただ為替相場の長期トレンドは通貨の購買力だとする考え方が有力です。購買力平価説です。
イギリスの有名な経済誌「エコノミスト」がビッグマック指数(平価)という数値を毎年発表しています。マクドナルドの代表商品のビッグマックは世界共通の品質基準で作られ販売されています。今現在、日本では1個390円、アメリカでは5.81ドルだそうです。ビッグマックは日米で同じものですから、一物一価の原則に照らすとアメリカの5.81ドルは日本の390円だということになります。1ドルが115円です。アメリカの1ドルの購買力は日本では115円に当たるということです。これがビッグマック指数(平価)です。日本とアメリカでは無数のモノやサービスの取引が行われていますから、実際の為替相場の理論値はこんなに単純に計算できませんが、1ドル115円というのはつい最近までの実勢相場です。まさにぴったりですね。
通常行われる理論値の計算の仕方は、変動相場制が安定期を迎えた1973年の為替相場を起点に、その後の物価変動を反映させて計算します。物価上昇率の高い国の通貨はそうでない国の通貨に比べて購買力が低下すると考えるのです。この方法で消費者物価をもとに計算しますと、現在は1ドル110円前後になります。為替相場は短期的には大きく振れることを考慮しますと、現在の円安水準は長期トレンドから特別大きく外れているとは言えないように思います。
もう一つ、為替相場は対外取引の収支状況を反映するという考え方があります。日本の経常収支は、この50年間、ほぼ一貫して黒字基調を維持してきました。2021年も15兆円を超える黒字を計上しています。しかし、昨年12月、今年1月と経常赤字に陥ったことが話題になっています。ロシアのウクライナ侵攻で小麦などの農産物や原燃料価格が急騰したことで貿易収支が大幅に悪化したことが影響しています。
ソ連が崩壊後30年続いた「グローバリゼーションの時代」が終わったこと、日米の金利差拡大の傾向がしばらく続くことを考えると、当面、円安傾向が続く可能性があります。ただ一部でいわれているように構造的な円安局面に入ったということにはならないと考えます。3月の当欄で指摘しましたように、リスク回避志向の強い日本人は「投資を控え貯蓄に励む」からです。日銀の資金循環勘定で明らかなように、家計部門と企業部門が貯蓄超過で日本経済全体として大幅な貯蓄超過を続けています。貯蓄・投資バランスの考えからすれば、この日本経済の大幅な貯蓄超過が経常収支比率を支える土台となっているのです。世界第一の対外純資産国であることにも変わりはありません。円安が歯止めなく続くとは考えにくいのです。
(2022年4月25日記)
【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか
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