無借金経営はいい会社?
貸借対照表を読み解く①
金融リテラシー講座「投資のための財務分析」第4回
フィナンシャル・アドバイス代表 井上 明生
個人投資家の皆さんは貸借対照表(バランスシート)には縁が薄いかもしれません。個人だけではなく投資家は損益計算書の数値に一喜一憂するのですが、同時に発表されている貸借対照表は見ていないのではないでしょうか。
しかし、貸借対照表には投資のための大事なヒントが示されています。
それではまず貸借対照表がどのような構成になっているか説明します。貸借対照表は、大きく別けて3つのパーツで構成されています。資産の部、負債の部、純資産の部の3つです。
それらは本来、図のように一体となって1ページで表現されるものですが、決算短信などでは前期と当期の2つの数字を併記する関係からページが分かれて記載されています。貸借対照表は複式簿記に則り作成され、その結果、資産合計と負債と純資産の合計は一致します。図で言えば、真ん中から左側(借方)と右側(貸方)の合計は一致します。
では、貸借対照表の左側(借方)と右側(貸方)は会社の何を表しているのでしょうか。
事業活動と言うのは、つまるところ資金運用です。会社は世の中から資金を借り、それをいろんなものに投資して事業活動を行っています。
左側の資産は、決算期末日現在、会社が資金を何で運用しているか、その状態を示したものです。われわれの資金運用で言うポートフォリオです。決算期末日現在のポートフォリオの状態が左側、資産の部です。
それに対し右側、負債・純資産の部は、資金を誰からどういう形で提供してもらっているか、それを表しています。例えば、負債の買掛金は、すでに商品は受け取っているが、その代金の支払いは行っていない状態です。取引業者から短期間資金を借りている状態です。借入金は文字通り銀行等から資金を借りている状態です。社債は債券を発行し不特定の投資家から資金を借りている状態です。純資産の部は株主から借りている資金がいくらになっているかを示しています。
「会社の価値」とは?
貸借対照表をこのように概観すると、つぎの重要な事実を看取できます。
①「会社には、最終的に会社に帰属するお金は1銭もない」
会社が事業に使っているお金はすべて外部から借りているお金であって、会社自体に帰属するお金はありません。
「そんなことはない。過去からの利益の内部留保があるではないか」と言う意見が聞こえそうですが、利益を内部留保しているのは本来株主に払うお金を再投資させてもらっているだけです。借入金でいえば、借入金の利息を支払わずに元本に上乗せしているようなものです。会社には会社名義の預金や資産はありますが、最終的に会社のものであるお金は1銭もありません。
②「会社の価値は、負債・資本構成とは関係ない」
会社の価値は貸借対照表の左側、つまり資産によって裏打ちされるはずです。借入金が多いとか、逆に無借金であるとか、そういったことは本来会社の価値とは関係ありません。
このように申し上げてもすぐには納得いただけないかもしれません。次のように考えてください。
あなたは今、中古マンションを買うことを検討しています。候補は2つに絞られていて、仮に甲と乙とします。現在甲はAさんが所有しており、乙はBさんが所有しています。あなたは当然のことながら二人に別々に交渉して、それぞれのマンションを見せてもらいました。その結果、甲は甲で素晴らしく、乙は乙で素晴らしく、ますますどちらにするか迷いましたが、最終的にはあなたは甲に軍配を上げました。
さて、あなたは知らないことですが、実はAさんは100%ローンを組んで甲を買っており、Bさんはキャッシュ、すなわちローンなしで乙を買っていました。
もしこのことを知ったとして、あなたは甲と乙の評価を変えるでしょうか。変わりませんよね、そんなことはあなたにはどうでもよいことです。マンションの価値は、それを買うための資金がどのような資金であったかとは関係なく独立して存在するはずです。
会社の価値も同じです。どのような資金で資産が構成されているかと会社の価値は関係ありません。
「でも、無借金会社には良い会社が多く、借金の多い会社には悪い会社が多いのではないか」と思われるかもしれません。これは経験としての事実でしょうが、本質的にはそうではありません。会社の価値は、資金構成とは関係なく存在するのです。
金融リテラシー講座 第5回 資産の数値が表すものとは? 貸借対照表を読み解く②
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