資産の効率性を図る指標はあるのか?
貸借対照表を読み解く⑥
金融リテラシー講座 「投資のための財務分析」第9回
前回説明したことをまとめますと次のようになります。
(1)資産サイドは、①金融資産、②営業債権、③棚卸資産、④有形固定資産、⑤投融資その他の5つの資産に分類できる。
(2)貸借対照表分析の基本は効率性を見ることにあって、回転率(売上高÷資産)あるいは回転期間(資産÷売上高)で効率性を見る。
ということでした。
今回は具体的に分析を進める上で注意する点を説明します。
それは資産の効率性を見る上ですべての会社に適用できる単純な基準はないということです。
どういう意味かというと、例えば総資産回転率は何倍以上なら良好で何倍以下なら悪い、そういった数値を単純には示されないのです。
どうしてそうなのかというと、会社が事業を行う上で必要とする資産は業種によってかなり異なり、また売上を作るためにどの程度資産が要るか、それも業種によって違ってきます。
製造業の資産、小売の資産
①~⑤に分類した資産で見ると、製造業は一般的に②営業債権と④有形固定資産の占める割合が大きくなります。③棚卸資産も他業種に比べ相対的に多いです。
小売業は④有形固定資産が大きくなります。棚卸資産は非食品小売が相対的に多くなります。卸売業は資産のほとんどは②営業債権が占めます。
また同じ売上高なら、資産の総額は製造業が大きくなり、小売業は製造業より小さいです。そして卸売業は小売業よりもっと小さいはずです。
逆に、インフラ的サービスを提供する電力、鉄道、通信などは巨大な設備が必要となり製造業以上に売上高比で見ると大きな資産を必要とします。
経営方針でも資産に違い
また同じ業種であっても経営方針が違えば資産構成が大きく異なることもあります。
小売業では店舗(=有形固定資産)にかなりの投資が必要ですが、店舗は賃借物件にするという経営方針なら④は小さくなります。その代り敷金・保証金が必要ですから⑤が大きくなります。ただし、自社物件を持つより敷金・保証金はかなり小さい額で済みますから賃借物件で事業を行えば総資産は小さくなります。
同様に製造業であっても生産を外部委託しているなら④は小さいです。この会社がどのような経営方針を取っているか、貸借対照表を分析する前に知っておくことが必要になります。
財務分析に“正常値”はない
表は、業種別にいくつかの会社の資産構成を示したものです。内訳は、製造業2社(日本製紙、キャノン)、小売業3社(セブンアイ、ライフ、ニトリ)、卸売業1社(三菱食品)、鉄道業1社(JR東日本)です。分かり易くするため総資産を100として売上高ほかを指数で表しています。
分析の第一歩として、総資産回転率を見てみましょう。(総資産回転率は財務分析の第一歩であり、かつかなり有効な第一歩だと思います。)
7社の総資産回転率(除金融資産)を見ると、0.37倍から4.12倍まで開きがあります。この指標だけ見ると、三菱食品はJR東日本の11倍効率が良いです。
ではJR東日本はこの数値から見ると財務的に危険な状態かと言うと、そうとは言い切れません。結論としては、この7社、いずれもそれなりにおかしくないと判断できます。われわれの血圧や肝臓の数値で言えば、正常値はある程度の範囲に収まるのですが、企業の財務分析には簡単な基準がないのです。
次回は、それでも何らかの基準を示したいと思います。
金融リテラシー講座 第10回 業種ごとの資産効率をどう判断するか?貸借対照表を読み解く⑦
フィナンシャル・アドバイス代表 井上 明生
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