基本の話by前田昌孝(第10回)
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最終更新日:2022/11/08
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<なぜ指数に勝てないか>
アクティブ運用の投資信託の過半は、運用成績がベンチマークの株価指数に勝てないことが定説になっています。株価指数への連動を目指すインデックス投信に比べて運用報酬が高いからというのは1つの理由ですが、実は報酬控除前でも勝てないのです。「運用が下手だから」というわけではありません。「リスク商品への運用は、もともとそういうもの」というのが筆者の認識です。
米国の指数算出会社S&Pダウ・ジョーンズ・インディシーズが定期的に世界の11カ国・地域について、株価指数に勝ったアクティブ運用投信の割合を集計しています。2022年6月末時点のデータが最近、出そろったのですが、過去5年と過去10年についてはすべての地域で、過半のアクティブ運用投信が指数に負けていました。
過去3年については南アフリカだけが60・61%と過半越え。過去1年についてはカナダが57・53%、南アフリカが59・90%、オーストラリアが52・13%と3カ国・地域がアクティブ運用優位でした。なぜ地域によって差があるのかはもう少し詳しく分析する必要がありますが、要は大半のケースでアクティブ運用は負けているのです。
筆者は数年前からこのデータを点検していますが、いつも傾向は同じです。アクティブ運用投信の運用担当者はプロなのだから勝てるのが普通ではないか、運用報酬が高くてもプロならば自分の報酬分ぐらい稼げないのかと思われるかもしれません。しかし、実際は過半のファンドが期待外れになっています。
<日本株投信461本も同じ傾向>
筆者もQUICK資産運用研究所のデータを使い、日本株アクティブ運用投信の過去1年、5年、10年のリターンが日経平均株価や東証株価指数(TOPIX)などの株価指数に比べてどうだったのかを調べてみました。税引き前分配金を再投資したと仮定した場合の運用成績の分布はグラフの通りです。
過去1年はマイナス32%からプラス11%まで大きく散らばっていて、過去5年と10年はばらつきが小さいようにみえるかもしれません。しかし、これは過去5年と10年の運用成績を年率で描いているからで、年率ではなく、累積リターンで描くと、左から右に大きく散らばっています。短期的な投資は成否のバラツキが大きいけれども、長期投資はブレが小さくなるという専門家もいますが、事実ではありません。
このうち例えば過去1年(2021年9月末から2022年9月末まで)をみると、対象の461本のリターンの平均値はマイナス10・3%でした。配当込み日経平均がマイナス10・0%、配当込みTOPIXがマイナス7・1%でしたから、アクティブ運用投信の平均リターンは日本の2つの代表的株価指数を下回っていたことになります。
もちろん1本1本の投信をみれば、優れた運用成績を残したところもあるのですが、S&Pダウ・ジョーンズ・インディシーズの公表値のように、461本のうち、株価指数に勝てたファンドの割合という数え方をすると、対日経平均では46・0%、対TOPIXでは32・5%とともに半分未満にとどまっていました。
過去5年と過去10年の状況についても、併せて表にまとめましたので、ご参照ください。多くの機関投資家が参照している株価指数(ベンチマーク)は、値がさ株の動向に左右されやすい日経平均ではなく、浮動株ベースの時価総額の変化を映すTOPIXですが、いずれにしても過半のファンドが負けています。
<投信の規模と運用成績とは無関係?>
話は横道にそれますが、かつて筆者が国内株のアクティブ運用投信のリターンを分析したときに、純資産総額が大きいほうが小さいファンドに比べて、はるかに良好な結果が出て、驚いたことがあります。運用会社にとっては看板商品に有力な担当者を充て、小規模で不採算な商品にはおざなりな対応をしているのではないかと勘繰ったものですが、今回も同様かどうかを確かめてみました。
その結果はグラフの通りでした。過去5年間と過去10年間の運用成績(いずれも年率)は純資産総額の大きいグループのほうが小さいグループに比べて若干良好だったのですが、過去1年間はいずれも平均値はマイナスリターンだったとはいえ、そのマイナス幅は純資産総額の大きいグループのほうが大きくなっていました。
つまり、純資産総額と運用成績との間に相関関係はなさそうなことがわかりました。過去5年と10年に関しては相関関係があるように見えるかもしれませんが、規模別のグループ分けは2022年10月28日現在の純資産総額を基準にしていますので、鶏と卵の関係が逆、つまり、規模が大きいから運用成績が良かったのではなく、運用成績が良かったから規模が大きくなった可能性もあります。
筆者はもともと「相場の先行きは誰にもわからない」「投資の勉強を積み重ねたところでリターンが向上するわけではない」と主張しています。純資産総額と運用成績に関係がなさそうだということは、筆者の日ごろの主張を裏付けています。「規模の大きいファンドには有能な運用担当者を充てるから、運用成績がよくなる」というストーリーが成り立たないことの証拠になるからです。
<正規分布前提ではまずいことも>
なぜアクティブ運用投信が株価指数に勝てないかの話に戻りましょう。株式や株式投信などリスク商品の運用成績はよく正規分布すると言われています。例えば年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2020年4月から適用している基本ポートフォリオ作成時に、日本株の期待リターンを5・6%、想定リスクを23・14%に置きました。いずれも年率の数値です。
リスクというのは投資理論の世界ではボラティリティー(価格変動の度合い)を意味しています。結果が正規分布するのならば、1年後の運用成績が1標準偏差の範囲内に入る確率は68%、2標準偏差の範囲内に入る確率は95%です。1標準偏差のリターンというのは、5・6から23・14を引いたマイナス17・54%から、5・6に23・14を加えたプラス28・74%までの範囲内だと一般に説明されています。
近似値ではこれでいいとしても、このグラフには実はまずいことがあります。例えばマイナス5標準偏差を想定すると、そのリターンは5・6から23・14の5倍を差し引いたマイナス110・1%ということになります。元本をすべて失うとマイナス100%になるわけですから、マイナス幅が100%を超えるのは、懐に入れてあった所持金まで奪われることを意味しています。
もちろんマイナス5標準偏差などというケースはめったに出てきませんが、皆無ではありません。それなのに元本を失う以上の損失が出るというのは、これまで述べてきた理屈のどこかが変だからです。
<足し算引き算ではなく掛け算割り算>
実は期待リターンが5・6%、想定リスクが23・14%といった場合に、1標準偏差の範囲を「5・6から23・14を引いた水準」から「5・6に23・14を加えた水準」までと考えてはならないのです。「105・6を1・2314で割った水準」から「105・6に1・2314を掛けた水準」までと考えるべきなのです。こういう計算をすれば、例えばマイナス5標準偏差でも105・6を2・157で割って48・96になることがわかります。懐からお金を奪われるようなことにはなりません。
マイナス5標準偏差とプラス5標準偏差とが出現する確率は同じはずです。もっと一般化していえば、マイナスS標準偏差とプラスS標準偏差が出現する確率は同じです。つまり、お金がX倍になる確率とX分の1になる確率は同じになるはずです。リターンがこんなふうに分布することは一般に対数正規分布と呼ばれています。
グラフを見れば一目瞭然ですが、正規分布は左右対称になっていて平均値が中央値(メディアン)であり、最頻値(モード)でもあります。対数正規分布は平均値こそ数少ない大成功組に引っ張りあげられてグラフの真ん中に寄るものの、最頻値は明らかにより少ない方向にずれており、中央値は平均値と最頻値の間にありそうなことがわかります。
最頻値がグラフの左側に偏っていることからもわかるように、本数で見たら、アクティブ運用の過半が株価指数に勝てないことは自然なのです。しかし、純資産総額でウエート付けした加重平均でみると、一部の群を抜く成績を残したファンドが大きく寄与して、株価指数とほぼ同じ水準まで確保できているはずです。
アクティブ運用投信を何年も持ち続けていれば、過半の年は株価指数に負けても、ごくまれにものすごい好成績を収めることがあり、最終的な総合パフォーマンスはインデックス投信に大きく負けるわけではないと思います。
まあまあの運用成績でよしとするのか、日ごろはいま一つだが、たまに驚くような成績を残すことに期待を掛けるのか。言い換えれば、平均値を求めてインデックス投信に行くのか、アクティブ運用投信で株式投資の醍醐味の一端を共有するのか、総合的にどちらの満足度が高いかは何とも言えません。どちらを選ぶかは一人ひとりの投資家がじっくり考え、好みに合わせて決めてほしいと思います。(マーケットエッセンシャル主筆)
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