基本の話by前田昌孝(第58回、米国株23時間取引の影響)
12月6日から1日23時間、米国株が取引できるようになります。米国で午後9時から午前4時までの7時間、「ナイトセッション」の取引が始まり、時差の関係で日本の日中、米国株を買えるようになるのです。米国市場に上場すれば世界でほぼ1日中取引できるのならば、東京市場なんて不要だということになるのでしょうか。
午前11時から取引スタート
現在、ニューヨーク証券取引所やナスダックは米東部時間の午前9時30分から午後4時までがコアセッションとなっていて、早朝、つまり午前4時から9時30分がプレマーケット、夕方、つまり午後4時から8時までがアフターマーケットとなっています。
新しく始まるナイトセッションはアフターマーケットからプレマーケットへのつなぎです。ただ、アフターマーケットが終わってからナイトセッションが始まるまでの1時間はシステムメンテナンスの時間に充てられ、取引は停止されます。

これを日本時間に直しますと、11月1日(日)からは米国は冬時間になりますので、日本の午前11時から午後6時までがナイトセッション、午後6時から11時30分までがプレマーケット、午後11時30分から午前6時までがコアセッション、午前6時から10時までがアフターマーケットということになります。
毎年3月第2日曜日から11月第1日曜日までは夏時間になりますから、日本時間に直すと、ナイトセッションが午前10時から始まるなど、すべてが1時間ずつ繰り上がります。
成り行き注文はできない
ただ、現状でもコアセッションでできる取引がプレマーケットやアフターマーケットで同じようにできるわけではありません。ナイトセッションではさらに多くの制約があります。多くの投資家が参加するコアセッションと異なり、流動性が乏しいため、成り行き注文を入れると、わずかな注文でも株価が大きく動く可能性があります。ですからプレ・アフターマーケットやナイトセッションでは指値注文だけしか入れることができません。

ナイトセッションで入れておいた指値注文が成立しなかったとしても、多くの証券会社ではその注文をそのままプレマーケットに持ち越さないような設計になっています。注文をそのまま持ち越すと、市場参加者も流動性も異なるので、思わぬ価格で約定することがあるからです。
プレマーケットで成立しなかった注文も、投資家がコアセッションに持ち越すことを指定していない限り、コアセッションには持ち越さない運用です。つまり、23時間取引といってもずっとつながっているわけではなく、一つ一つが別セッションになっているわけです。
個別株オプションやADRは限定的
コアセッションで活発に取引されている個別株オプションもプレ・アフターマーケットやナイトセッションでは取引されません。個別株オプションはわずかな株価の動きでも取引価格が大きく変わりますから、流動性が乏しく、株価が飛びやすいプレ・アフターマーケットやナイトセッションでは円滑な取引ができないからです。
ただ、CBOE(シカゴ・オプション取引所)ではマグニフィセント・セブンと呼ばれる米国の巨大ハイテク企業など流動性が厚い大型銘柄については、プレ・アフターマーケットでも個別株オプションの取引を始めていますから、状況は変わりつつあるのかもしれません。
日本企業を含め、米国市場に米国預託証券(ADR)を上場している外国企業も多いですが、ADRの大半はプレ・アフターマーケットやナイトセッションでは取引できないようです。ただこれも制度上、禁止されているわけではなく、証券会社の実務上の都合のようです。ある程度の流動性が期待できるのならば、コアセッション以外でも取引できるようになりそうです。
「東京市場不要論」は時期尚早
将来はどうなるかわかりませんが、当面の米国株の23時間取引はコアセッションが1日じゅう続くようなものではありませんから、「米国市場に上場していれば、東京市場に重複上場する必要がなくなる」というようなものではありません。
将来的にはグローバルな事業をしている日本企業は米国市場に上場し、もっぱら日本国内で事業をしている企業は「東証単独上場銘柄」になるといったすみ分けもあるかもしれません。ただ、現時点では机上の空論であり、その道筋が描かれているわけではないだろうと思います。
ただ、いまでもグローバルな事業展開を目指している新興の日本企業があえて東京市場で株式公開をせずにナスダックに直接上場するケースはあります。米国株の23時間取引が始まると、ナスダック上場の日本企業も日本の日中に日本の投資家が売買できるようになりますから、日本でも株主づくりを進めやすくなるでしょう。自信がある企業はますますナスダック直接上場を選ぶようになるかもしれません。
単元株制度廃止への圧力
米国株は1株単位で売買できますから、単元株制度が採用されている日本株に比べて投資単位はかなり小さいです。投資資金が少ない若年層の投資家は今でも日本株の売買ではオンライン証券の単元未満株売買サービスを積極的に活用していますが、日中、米国株が小さな投資単位で売買できるようになれば、関心が米国株に向かっていってしまう可能性があります。

多くの日本企業は株主層が高齢化し、終活や相続で保有株が少しずつ売却される現状を踏まえ、株主構成を若返らせたいと考えています。若年層の株主を増やすには単元株制度の廃止が望ましいのですが、ネックとなっているのは、議決権が300個(100株=1単元・1議決権)あれば、つまり、3万株を保有していれば株主提案権を行使できるという現行の会社法の規定です。
会社法の規定がこのままで単元株制度が廃止されると、1株が1議決権になりますから、300株だけしか保有していない株主にも提案権が発生します。産業界はまず提案権を付与する条件を引き上げたいのです。しかも3万個(3万株)にすればOKかというと、そうでもないのです。個人で3万株を買える人は限られるでしょうが、アクティビスト(物言う株主)らはやすやすと越えますから。
ただ米国では株式を2000ドル以上保有する株主には提案権が発生します。日本では産業界の要請を取り入れてハードルを高めるというのは、身勝手すぎるとの批判も出てくるでしょう。
個別株オプションに不合理な税制の壁
米国株が日本時間の日中に取引できるようになり、より身近になると、米国の個人投資家が実行している取引を自分もやってみたいと考える投資家が増えてくる可能性もあります。特に大きな違いは、米国では個別株投資というと個別株オプションのことだと言われるくらいに、個別株オプションが普及していることです。
日本の日中での取引、つまり、ナイトセッションでは個別株オプションは提供されない見通しですが、個別株を持てば、オプションにも併せて投資をして、値下がりリスクをヘッジしたり、プレミアム収入を確保したりしたいと考える投資家が出てくるのではないかと思います。
大阪取引所で取引されている日本株の個別株オプション「かぶオプ」も2026年は取引高が急増していますが、それでも過去が少なすぎただけで、たいしたことはありません。日本で個別株オプションが普及しないのは、個人投資家の関心がないからではなく、税制が悪いからです。
日本の個別株オプションは「先物取引に係る雑所得等」、海外の個別株オプションは「総合課税の雑所得」、現物株は譲渡所得で申告分離課税となっています。海外の個別株オプションに関する税制の解説は取り扱い証券会社によって分かれていて、国内の証券会社経由で取引する場合は国内の個別株オプションと同じとの見解もあります。

現在、米国株の個別株オプションの売買を取り次いでいる証券会社はごく限られていますが、23時間取引のスタートで米国株への関心が高まりそうなため、参入に向けて動いているオンライン証券もあります。売買に厚みが出てくれば、個別株オプションの税制が現物株と別々になっていることの不合理性を訴える投資家も増えるでしょう。税制改正までこぎつければ、日本の株式投資の制度インフラもようやく米国並みに近づくことになります。
予測市場の台頭と証券ビジネス
米国のオンライン証券が個人に提供しているサービスは個別株オプションだけではありません。2026年には予測市場(プレディクション・マーケット)が花開きました。選挙結果や経済指標、お天気、企業のイベントなど将来の出来事に対して、どう転ぶかを予想して資金を投じるのです。
1契約当たりの投資額は1ドルに満たないことが一般的で、若年層も参加しやすい特徴があります。おカネがかかっている分、世論調査やアンケート調査に比べて、将来の出来事をより的確に予測しているともいわれています。証券会社の同じ口座から「掛け金」を出せるように金融商品として売り込んでいます。
証券会社は移ろいゆく個人の関心をどうとらえるかというビジネスでもあるのです。米国株の23時間取引のスタートは、日本の証券会社のサービス多様化のきっかけになるだろうと思います。制度的な制約を積極的に取り払っていかないと、優秀な金融人材は海外に出ていってしまうでしょう。(マーケットエッセンシャル主筆)
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