名門「ドイツ銀行」のまさかの経営危機

「選択」2015年9月号

今井澂

つい3年前には総資産で世界第1位、その後中国勢にその地位は奪われたもののなお第4位。もちろん欧州で首位であり、我が国の三菱UFJフィナンシャルグループに並ぶドイツ銀行に、何とも信じがたい事件が続発、米国ヘッジファンドの信用するレポートには「第二のリーマンか」という記事が掲載される始末だ。

そのレポートは「ゼロ・ヘッジ」。概要をまずお伝えしよう。

ゼロ・ヘッジの伝える異常事態

2008年のあのリーマン危機を振り返ると、同社の経営危機は直前まで一般に知られていず、倒産まで文字通りアッという間だった。しかし事情を知っていた筋、たとえばゴールドマンや一部のヘッジファンドは、リーマン株に対し大量の売りポジションを取っていた。2007年暮れからの売り建てである。

当時の資産担保証券の販売が好調だったが、そのころからサブプライムローンの状況が芳しくないということは情報としては知られていた。リーマンに結びつける異変の表面化は2008年6月9日の格付けで、フィッチ社がリーマンをAAマイナスとしてからだった。

奇しくも7年後の6月9日、S&Pがドイツ銀行の格付けを2段階引き下げてBBBプラスとした。同行はいま、当時のリーマンと同じ状況かあるいはそれ以下の状況にあるのかもしれない。

かつてはトリプルAに評価されていたドイツ銀行だが、この15カ月の間に次のような異変が起きている。

まず2015年4月にECBから自己資本TIERIの13億ユーロの増加を迫られた。次いで5月に80億ユーロの手持ち株を最大30%引きで売却した。なぜそれほどまでに資金繰りが悪化していたのだろうか。同時期には銀行のストレステストに合格せず、再び資本増強を迫られている。

また4月にドイツ銀行は米司法省、商品先物取引委員会、NY州金融監督局に21億700万ドル、英国金融行動監督局に2憶2680億ポンドのLIBORの不正取引への制裁金を支払った。5月にCEO三人のうちアナシュ・ジェイン氏に強大な権限を付与する決議がなされた。

ところが前記の6月の格下げ直前にそのジェイン氏が6月末に退任すると発表、残る二人のうち一人も2016年5月に退社する。

たしかにこれだけの異常な出来事が連発すると、何かが起きている、と考えざるを得ない。

同レポートによると、昨年末にドイツ銀行は52兆ユーロものデリバティブを抱えており、これはドイツのGDPの2・5倍。米銀もデリバティブは持っているが5兆ドルで文字通りケタが違う。

日本でも知られているジャーナリストのベンジャミン・ミルフォード氏は「ギリシャ経済の破綻はドイツ銀行の共倒れを呼ぶ」と警鐘を鳴らしている。

ギリシャ救済の真相

同氏によるとドイツ銀行のデリバティブ保有は54兆7000億ユーロに及び、経営のリスクは極めて高い。

その巨額なデリバティブの中には、ギリシャの債務支払いを債権者に担保するような内容のもの(CDS)がかなり含まれている。非常に危険な状況であることは言うまでもない。

2010年にギリシャ危機が発生して以来、同国は世界の金融機関から融資を受け、つい先ごろにもデフォルトをかろうじて切り抜けていることはご存じの通り

しかし、このめでたしめでたしの筈が、実は公的資金を使ってドイツ銀行を中心に大手欧銀の救済が行われたのが真相、と別の専門家が発表している。著者はマーク・ブラィス・ブラウン大学教授だ。

ギリシャを隠れ蓑に欧州銀行を救済

フォーリン・アフェアーズ誌に発表された論文は次の通り。

「メディアはギリシャ人の怠惰さ」を強調するが、現実にはそうではない。危機のルーツは欧州の金融システムにあった。1999年にユーロが導入されると、ギリシャの銀行も安いコストでユーロ資金を調達し、観光施設などに融資した。

ユーロ導入以降の10年間で欧州の銀行資産は急激に拡大し、ドイツ銀行を中心にギリシャなど南欧諸国への貸し出しは4930億ユーロに達した。この資産拡大が急速過ぎたので、資本と資産の比率(財務レバレッジ)が2倍に高まってしまった。これは異常な水準だ。

かりにギリシャがデフォルトに陥れば、ドイツ銀行などが損失を埋め合わせるため手持ちの国債を売却。大混乱が発生すること必至だった。

そこでEU,ECB,IMFのトロイカが総額2300億ユーロのギリシャ支援プログラムを実施した。

「ある試算]として、この論文は驚くべ真相を暴露している。2300億ユーロの救済資金の90%がギリシャを経由して、主にドイツ銀行やフランス大手銀行の支払いや資本増強に使われた。

この事実の証言者は元独ブンデスバンク総裁のペール氏で「すべてはドイツとフランスの大手銀行の債務を帳簿から消し去ることが目的だった」としている。現在のEUの金融システムは2008年のリーマン・ショックの直前といかに似ていることか。

あるヘッジファンドの運用担当者は筆者に、最近の研究会でのユーロ発金融危機の可能性についてレポートしてくれている。前述の記事と少々ダブルが読者は我慢して頂こう。

BISデータによると2014年末のCDS元本は16兆ドルでその価値は5900億ドル、CDS保証料率は3・7%。2013年末は3・1%だから、デフォルトの危険性は上昇している。

CDSを購入するということは、その対象先の連帯保証人になるのと同じだが、この補償義務はオフバランス(簿外)である。対象先の倒産リスクが高まるとCDSの流通価格は上昇し、1年以内にデフォルトした場合には元本の金額が受け取れる。1年たってもデフォルトがなければ無価値になる。

キーワードは「CDS」

日本人はみな2008年には「サブプライム」は知らなかった。これから「CDS」を知っておく必要があるぜ、と前記したヘッジファンドマネジャー。

「大事なのはCDSが保証されるとデフォルトの可能性が高い不良債務でも正常債権と見なされ、バランスシート上は額面通りの資産になることだ。」

「ギリシャ国債の残高は3173億ドルあるが、銀行同士でCDSを掛け合っているので、何倍も多くなる。何倍?5倍と言われているんだ」

「1兆5000億ドルものCDSがあり、ギリシャがデフォルトし、債務削減を仮に60%とすれば9000億ドルもの保険金を支払う必要が生まれる。どこかが倒産することになるんだ。」

ECBに打てる手はない

たしかにギリシャのチプラス首相はEUに対し強気な交渉を繰り返し、結局デフォルトはおきなかった。危機は一見回避されたかに見える。

しかしCDSが存在する限り、最悪の事態を繰り延べしただけ、という見方にも一理ある。デフォルトが、1年以内に発生しないとCDSは紙くずになってしまうからだ。

リーマン・ショック時には米FRBが思い切った金融緩和を行って世界恐慌は回避された。しかし欧州に危機が起きた場合、ECBが打てる施策はすでにほとんど使い尽くしている。ドイツ銀行の有事が起きれば、世界経済への波及の巨大さは計り知れない。

前記したヘッジファンドのレターは、気になる一行で締めくくった。「リーマンのデリバティブ担当者が、現在在米のドイツ銀行の子会社の社長で、CDS事業を推進した男だ。」

歴史は繰り返すのだろうか。

今井澂(いまいきよし)公式ウェブサイト まだまだ続くお愉しみ

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