【初・中級者向き】 半値で会社を売り渡し上場廃止にする対価がカステラ1つでしょうか?
日本個人投資家協会事務局長 奥寿夫
あなたたちの会社が上場している意義は何ですか?
投資家として多くの会社と接していくと、そのような問いを発したくなるときがたびたびあります。
太平洋セメントが完全子会社化すると発表したデイ・シイの株主総会でもその思いを強く抱きました。
太平洋セメントとデイ・シイの不可思議な株式交換比率
デイ・シイはセメントの生産、さらには産業廃棄物のリサイクルや汚染土壌の処理、砂利といった骨材の採掘などを行っている会社です。筆頭株主は約3割を持つ太平洋セメントです。
太平洋セメントが株式交換によって完全子会社にすると発表したのは今年5月のことでした。8月1日に株式交換を実施し、デイ・シイ株1株に対し太平洋セメント株1.375株を割り当て、デイ・シイは2016年7月27日に上場が廃止されることになりました。
デイ・シイからみた完全子会社化の理由を要約すると、持続的に成長していくためには全国展開する太平洋セメントの強みを最大限に活用できる盤石な協業体制の構築が必要だった、となります。
1株当たり純資産でデイ・シイは2.4倍の価値なのに・・・
問題はその交換比率です。デイ・シイ株主からみると首をかしげる条件です。
1株当たりの純資産(資産から負債を差し引いた額)をみてみましょう。デイ・シイは直近の2016年3月期時点で624.55円です。
太平洋セメントはというと259.11円。つまり、デイ・シイという会社の資産価値は1株当たりにすると直近で太平洋セメントの2.4倍であるわけです。
デイ・シイ1株に対し太平洋セメント2.4株を割り当てるのならまだわかりますが、なぜ1.375株なのでしょうか。
デイ・シイの太平洋セメントに次ぐ2位の大株主、山一興産の社長は日本個人投資家協会(JAII)副理事長の柳内光子さんです。私を含めた複数の協会理事も株主でしたので、会社側の見解を質すため6月28日の株主総会に出席してきました。
株主総会では「個人をばかにしている」と怒りの声
総会は川崎駅(神奈川県)近くのデイ・シイ本社会議室で午前10時から開かれました。出席者は70人くらいでしょうか。大きな会社の総会と違って議長席に立つ工藤秀樹社長は目の前です。なお工藤社長は太平洋セメント出身です。
事業についての報告が終わると決議事項に入ります。議案は全部で4つ。各議案について質疑応答が行われ、4つ目の議案で質問が出尽くしたら採決に移るというスタイルです。
本題の「株式交換契約承認の件」は2号議案でした。ところが1号議案の「剰余金処分の件」における質疑から、株主の怒りは爆発しました。JAIIとは無関係の男性株主の方が憤りをぶつけます。
経営陣がとにかくやる気がない。(私は)栃木から来たが栃木の生コン業者は忙しくしている。あんたたちは何やってんのか。個人をばかにしている。はらわたが煮えくりかえるほどだ。
飯食いにでも(会社に)きているのか。それで都合が悪くなったら合併する。心にヤリを差すようなことをする。社長、1日何をやっていますか!
初っ端から結構きつめのジャブが飛びます。ですが工藤社長は「貴重なご意見として肝に銘じてやって参ります」と受け流します。1号議案についてはもう1つ質問が出ました。その後、いよいよ本題の2号議案に。
工藤社長は「第三者機関による算定なので」と繰り返すばかり
ここから私とJAII監事である中川信幸さんを中心に交換比率に関する疑問の追及に入ります。そのやりとりは概ね以下のようなものでした。
質問 太平洋セメントの完全子会社の件はどちらから話をしたのですか?
工藤社長 太平洋セメントの方から提案がありました。
質問 この交換比率は太平洋セメントの言いなりになった結果のように思えます。何か密約でもあるのでしょうか。交換条件はどのように決まったのでしょうか?株主のことを考えてもう少し有利な条件にできないのでしょうか。
工藤社長 細かいところは契約上の守秘義務があるので開示ができません。交換比率については第三者機関の算定でも市場株価法で一番高いのは1.375。実際の株価からみて10%のプレミアムがあります(上乗せされている)ので、株主に不利益を与えるものではないと考えています。
株式交換比率を算定する場合、通常、第三者に依頼します。「第三者算定機関」となったのはデイ・シイが依頼した山田FASと太平洋セメントが依頼したみずほ証券です。下の2つの画像がそれぞれによる算定結果です。
確かに株価を基に企業価値を算出する「市場株価法」では交換比率の上限は1.251です。でも将来の事業活動状況を反映するDCF法では上限が1.5なのです。
第三者機関は複数の算定結果を提示しています。その中からなぜ工藤社長は市場株価法による数字を引き合いに出して説明するのでしょうか。そしてそもそも1対1.375という交換比率自体が不当に低いのではないでしょうか。
追及はさらに続きます。
質問 決算短信にあるように1株当たり純資産はデイ・シイが624円。一方の太平洋セメントは259円です。デイ・シイは太平洋セメントの2.4倍の純資産を持っているわけです。それなのに1対1.375という比率は低すぎるのではないでしょうか。
工藤社長 1株当たり純資産ではなく市場評価法でやることを考えました。一般的かつ広く採られている方法なので妥当と思っています。
質問 PBR(株価純資産倍率、株価÷1株当たり純資産)は足元でデイ・シイが0.5倍、太平洋セメントは0.9倍。つまりデイ・シイの株価は会社価値(会社の純資産)の半分にしか評価されていません。そのような株価をもとに交換比率を算定している。会社の価値は1株当たりで600円以上あるのに、その半値で売っているんですよ。
工藤社長 交換比率にはいろいろな算定の方法があり第三者機関算定の数字を参考にしているので、半値で売っているとの認識はありません。
詳細なやりとりは省略していますが、工藤社長は「第三者機関が」という回答をひたすら繰り返しました。JAIIとは無関係の出席株主から「第三者機関、第三者機関って、舛添さん(前都知事)と一緒だよ」との声が漏れたほどです。
工藤社長は「半値で売っているとの認識はない」と答えましたが、これは数字をもとにした事実です。認識がないと公言すること自体、経営者として本来恥ずべきことです。当事者意識に欠けています。たとえ半値であるとしても一定の考えがあってそれでいいと判断したのであれば、ちゃんと説明すべきでした。
さらにいえば、そもそも経営陣は自社の株価が株主に対して胸を張れるような水準だったと思っているのでしょうか。それはPBR0.5倍という数字が如実に物語っています。
ここに至って太平洋セメントに次ぐ大株主の柳内さんがついに口を開きました。
「質問ではなく意見として申し上げます」と穏やかな語り口ではありましたが、「このようなことになった責任は重大です。会長と社長は責任を取られるべきではないでしょうか」と釘を刺します。
「貴重なご意見として承りたいと思います」と答えた工藤社長に、中川さんが重ねて質問しました。
質問 会社には資産もあって将来性もある。それなのに620円の価値のものを半値近くで売って、その責任も取らないというのでは普通なら株主代表訴訟になりますよ。社長をお辞めにならないといけませんよね?
工藤社長 引き続き(社長を)やらせて頂きたいと思います。
こうして2号議案に関する質疑は終わりました。
そして突然の幕引き
ようやく3号議案、「取締役7名選任の件」の質疑に。すると、すかさず最前列に近いところに座っていた株主が立ち上がり、大声でこう叫びました。
「総会開始から長時間が経ち審議は出尽くしたので採決に移ってはどうかと思います!」
社員株主でしょうか。時刻は11時20分。大手企業の総会に比べるとまだ早いのですが、幕引きにかかります。まあ何とも旧態依然とした方法です。
まだ審議不充分だとの声も上がりましたが、挙手まで行った結果、この株主の意見が取り入れられ議案の採決に入りました。
採決は通常、出席株主の賛成者の拍手をもって「過半数の賛同を得られましたので……」という感じで進められます。ただ今回の2号議案については、賛成者ではなく反対者が挙手をしたうえで社員に名前を伝えるという流れになりました。
結局、議案はすべて承認。最後に工藤社長含め居並ぶ役員たちが「今までどうもありがとうございました」と深々と一礼しました。こうして総会は無事(?)に終了となりました。
総会でいろいろと質問しましたが所詮は「結論ありき」であり、いちばん大事にしないといけない株主よりも身売り先(太平洋セメント)に擦り寄っていったという感は否めませんでした。海外でしたら株主の意向に反して会社を売却することは背任行為と一緒であり厳しく追及されます。訴訟も起こされます。
一方で株主側も反省しないといけません。PBRに顕著ですが普段からどの程度、経営陣に個人株主の存在を意識させていたのでしょうか。
また大株主である機関投資家は、今回の交換比率について関心ないのでしょうか。そのような姿勢は問題ではありませんか。
総会のお土産は文明堂のカステラでした。値段は1350円(税込)。
まさかと思いますが、会社を半値で売った分をカステラ1つで埋め合わせさせてくださいということではないですよね。
こちらの「株主総会探訪記~2016~もぜひお読みください!
ワタミの株主が「油の流れる焼きそば」に怒った!
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