基本の話by前田昌孝(第3回)
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最終更新日:2022/04/01
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株式投資は何のためにするのでしょうか。先日も新聞の電子版を読んでいたら、次のような記事がありました。「日本の高度成長期には銀行が個人から集めた預金を融資や投資に振り向け、企業に成長資金や事業運営資金を提供していた。昨今はそのお金の流れが機能しないから、家計が直接、企業に成長資金を提供しなければならない」
本当に眼力があるかどうかは別として、銀行は融資や投資のプロです。銀行が役割を十分に果たさなくなったからといって、どうして素人である家計が銀行の機能を肩代わりしなければならないのでしょうか。やりたい人はいいとしても、そんなことに関心がない家計まで動員すべきだというこの記事を読んで、ご都合主義ではないかと感じました。
エコノミストらの次のような言い方にも違和感を覚えます。「政府が国民に給付金をばらまいても、過半は銀行に預金されてしまい、消費に回るのは一部だから、景気の押し上げにはあまり役立たない」。銀行が有効に活用できなかった預金は、回りまわって株式相場の押し上げに回り、資産効果で富裕層の消費が喚起されるのに、なぜ給付金を消費に回せと要求するのでしょうか。
投資をしろとか、消費をしろとか余計なお世話です。合法である限り、お金をどう稼ぐかは個人の自由でしょうし、税金や社会保険料をきちんと支払ったあとのお金を何に使うかも個人の自由のはずです。家計が投資に消極的なのは個人から見て魅力的な投資先がないからであり、消費に回らないのは魅力的な商品やサービスがないからです。
仮にほしいものがあったとても出し渋るのは、将来の家計収支に対する不安が拭えないからでしょう。単に老後の生活費への不安だけではありません。財政運営があまりに滅茶苦茶だから、いつ国の財政が破綻して、終戦直後のようなハイパーインフレに見舞われるかわからないという不安もありますし、地震・津波や河川の氾濫など多発する自然災害に備えたいという気持ちもあります。
こういう話をすると、証券会社の営業担当者は言うかもしれません。「将来、何が起きるかわからないから、預貯金一辺倒ではなく、いろいろなものに資産を分散しておいたほうがいいのです」
それだけならまだしも、やおら過去の運用実績などのグラフを取り出してきて「毎月一定額ずつ、投資信託にお金を積み立てておくのはいかがでしょうか。これまで20年間の実績をみますと、投資元本に比べて1・5倍に膨らんでいます」などと、いかにも投資をすれば、誰でもお金を増やすことができるような話をしてきます。
株価指数に連動するインデックス型投資信託などはたいして手数料収入が得られませんから、ここぞとばかりに証券会社から手数料が厚いアクティブ運用の投資信託を薦められる可能性もあります。買い手の顧客がほしいのは投資リターン、売り手の証券会社がほしいには手数料収入。ちょっとミスマッチではないでしょうか。
本欄の第1回と第2回でも説明しました通り、投資リターンなどはあるかどうかわかりませんし、投資の勉強を積み重ねたところで、成功確率が向上するわけでもありません。株式相場の上昇が続けば、大なり小なりプラスのリターンが確保できるのではないかという見方もあるかもしれませんが、そもそも「株式相場の上昇が続く」という前提自体が確実ではありません。
3月26日付日本経済新聞朝刊に「インフレに備える家計術」と題する記事があり、「金融資産の運用で実質的な価値の目減りをできるだけ抑えること」が重要だとしたうえで、過去23年間、日米の株価指数に毎月、積み立て投資をしていたら、現在の資産額は累積投資額の3・2倍に達し、年率利回りは8・75%になっていたと書いてありました。
その実績をもとに「(途中で)株価が大幅に下がる時期があっても、20年を超える長期投資ならば高めの運用利回りが期待できる」とまとめています。
本当に20年超の長期投資ならば、高めの運用利回りが得られるのでしょうか。次のグラフを見てください。1969年4月30日から2002年3月31日までの396カ月(33年間)について、その時点まで過去240カ月(20年)間、日経平均連動投信に積み立て投資をし続けてきた場合の利回りを横軸に、その時点から未来へ240カ月(20年)間、同様の積み立て投資をしてきた場合の利回りを縦軸にして、「過去20年」と「未来20年」の違いがわかるようにプロットしてみました。
例えばグラフの右上の青い点は「1970年3月末」を指していますが、その日に至る過去20年間、つまり1950年4月末から1970年3月末までの240カ月間、積み立て投資を続けた場合の利回りが年換算で14・60%、その日から未来への20年間、つまり1970年4月末から1990年3月までの240カ月間、積み立て投資を続けた場合の利回りが年換算で14・28%だったことを示しています。
同様に右下の緑の点は「1989年2月末」を指していますが、1969年3月末から1989年2月末までの過去240カ月間の利回りが年換算で15・92%、1989年3月末から2009年2月末までの未来240カ月間の利回りが年換算でマイナス7・93%だったという意味です。「未来」といっても、それぞれの計算時点からの未来ですから、今となってはすべて実績になっています。
同様に396のすべての時点について「過去20年」と「未来20年」のリターンを比べると、未来が過去よりも高かったのは78時点に過ぎず、318時点は未来のリターンが過去のリターンを下回っていました。318時点のうち136時点は過去がプラスリターンだったのに、未来はマイナスリターン(元本割れ)になっていました。
これからどうなるかはもちろんわかりませんが、投資活動にリターンを求めても、結果はこのように当たり外れが大きく、虚しかったというケースも多いのです。日経の記事はこういう実情をすべて書いていませんから、厳しくいえば、読者に提供する判断材料としては、中途半端な記述にとどまっているといえます。
では何のために投資をするのでしょうか。エコノミストらは「家計からの成長資金の供給」とかいろいろなことを言いますが、別にそんなことをしなければいけない義務も責任もありません。納税のように義務ならば、その目的が何かを熟考する意味はあるでしょうが、投資は別に義務ではありませんから、目的についてのコンセンサスなど不要です。
極端にいえば、好きならばする、嫌いならばしない。それだけのことです。「リスク分散したい」でも「自分の眼力を試したい」でも「社会の役に立ちたい」でも何でもいいから、目的はそれぞれの人が勝手に考えればいいだけのことではないでしょうか。なるべく意義のある目的を考えたほうが継続すると思います。(マーケットエッセンシャル主筆)
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