基本の話by前田昌孝(第7回)

2022年2月から始めたこの連載も7回目になりました。岸田文雄首相が資産所得倍増プランを打ち出していることもあり、投資を始めないと時代に乗り遅れているように感じている人もいるかもしれません。好きでも得意でもないことに取り組むのは慎重であるべきですが、もし始めるのならば、ぜひ、リスク商品への投資とはどういうことなのかを正しく理解してほしいと思っています。

最近は証券外務員という試験をパスしなければ取得できない公的資格を持っている人ではなく、特段の資格を持たないユーチューバーなどの説明を聞いて株式や投資信託を購入する人が増えています。供給者目線の証券外務員よりも利用者目線のユーチューバーのほうが信用できるということかもしれませんが、本連載で繰り返し書いてきたように、どちらの意見を聞こうが、あるいは誰からも助言を受けずに自分で判断しようが、成功確率が変わるということはありません。

平たく言えば、宝くじを買うのと同じです。宝くじのプロがいるかどうかわかりませんが、プロの助言を受けようが、占い師に頼ろうが、勝手に自分で判断しようが、当選確率が変わることはありません。東京駅の南隣のJR有楽町駅中央口の宝くじ売り場は当たりが出やすいと言われていますが、インターネットなどでみても、「高額当選を出した本数の多さ」はPRしていますが、何本販売したかは書いてありません。

宝くじ公式サイトより

前者を後者で割った当選確率が恒常的に高いのならば、本当に驚きです。もちろん全国の宝くじ売り場の当選確率をしらみつぶしに調べれば、「ここは当たりが出やすい」といった「過去の実績」はわかるかもしれませんが、そのこと自体が確率の世界であり、過去の実績が高い売り場で買えば、当選しやすいということはないはずです。

縁起を担ぐ心理は理解できますが、縁起を担ぐ人が多く集まる売り場の当選確率が将来に向けて高くなるなどということは、理屈上もないと思います。

ただ、国民のなかには一定数、「宝くじには当選確率を上げるようなうまい買い方がある」と信じている人がいるかもしれません。そういう国民を相手に商売する「宝くじ購入アドバイザー」といった仕事が成り立つかもしれませんね。「外れたら助言料は不要ですが、当選したら、当選金の1割を助言料としてください」といった商売です。

どんな宝くじでも必ず当選する人はいますから、当選者から1割の助言料を受け取れば、十分成り立つうまい商売です。過去の当選確率の実績を頭に入れておかないと、「お客様」を「誘導」できないでしょうから、多少の勉強や会話術が必要ですが、こんな仕事があれば筆者が真っ先にやりたいです。

証券外務員やアナリスト、ストラテジストら投資情報の提供で収入を得ている人は、宝くじ購入アドバイザーとどこが違うのでしょうか。筆者は本質的に変わらないと考えていますが、どこか胡散臭い感じがする宝くじ購入アドバイザーに比べて、投資アドバイザーは立派な職業のようにみえます。なぜかというと、宝くじは確率の世界だと理解しているのに、投資には上手なやり方があると思っている人が多いからです。

もちろん、宝くじにも当選確率ではなく、買い方がいいとか悪いとかいうことはあります。給料全てを宝くじにつぎ込むのは、当選確率には関係がありませんが、悪い買い方です。株式投資だって給料全てをつぎ込むのは悪いに決まっています。本稿はこうした買い方がいいかどうかを議論しているのではありません。あくまでも成功確率の話です。

投資には上手なやり方はないと本連載では繰り返し主張しています。もし上手なやり方があるのならば、プロが組み入れ銘柄を選ぶアクティブ運用の投資信託は、株価指数そのものや指数への連動を目指すインデックス運用の投資信託よりも優れた運用成績を出せるはずですが、現実には表の通り、過半が劣っているからです。

しかし、多くの投資家は投資には上手なやり方があると思っています。だから、説得力のある理屈を述べる人が投資アドバイザーを名乗り、報酬を得られるのです。もっともこれを「虚業だ」と言ってしまえば、世の中のかなりの職業は「虚業」になってしまいますから、そんな区分はやめておきましょう。顧客の認識が正しいかどうかはともかくとして、顧客のニーズに答えることは、ビジネスとして重要なことですから。

なかなか信じてもらえないかもしれませんが、リスク商品への投資には上手なやり方も下手なやり方もないと考えています。たまたま若いころに株式投資で大当たりを出し、その後は株価指数の騰落率と大差ない成績しか残せなくても、その人が投資家を名乗り続けて継続的に新規資金を株式市場に振り向けていけば、通算の運用成績は若いころの大成功のおかげで、長期の株価指数上昇率を上回ることができるでしょう。

投資の神様と称されている米国のウォーレン・バフェット氏も、傘下の投資会社(保険会社)のバークシャー・ハザウェイの運用成績を株価指数と比較しながら冷静に分析していけば、そんなひとりだったことがわかります。バフェット氏がすごいのは、投資家としての眼力ではなく、保険金を支払うまで保険料を運用できる保険会社の仕組みを通じて、継続的に新規資金を株式投資に振り向けられるメカニズムを作ったことではないでしょうか。

岸田内閣の「貯蓄から投資へ」の同調圧力に揺さぶられて、個別株や株式投信に投資をすることになった場合も、まず、「うまいやり方などはない」という点を肝に銘じる必要があります。株式相場や経済の先行きについてもっともらしいことをいう人はいくらでもいますが、話半分、というか、話五分の一ぐらいにして聞いておくべきです。

もう一つ、前段でもアクティブ運用はインデックス運用に勝てないということを書きましたから、「アクティブ運用の投信は購入する価値がない」と即断した人もいるかもしれません。しかし、ここから先は筆者の持論ですが、投資は単純に数字に出てくるリターンだけを求めているのではないのです。

個別株投資やアクティブ運用の株式投信と、インデックス運用投信やバランス型投信、ロボアドバイザーなどとの違いは何だと思いますか。ちょっと極端な区分けをしますが、前の2つはお金の有効活用、後の3つはリターンの追求といってもいいのではないでしょうか。

後の3つは株式相場が下落するなどして運用成績が悪化すれば、何のために持っているのかわからなくなってしまうのです。売却して損失を実現するのがいやならば、買ったのを後悔しつつ、相場が回復するまで持ち続けるぐらいしか、対処のしようがありません。損失が大きければ「うかつだった」と思うしかありませんし、ほどほどの損失でも「あほらしい」と感じるだけです。

前の2つ、つまり個別株投資やアクティブ運用の株式投信の購入は、究極の目的はリターンの追求だとしても、リターンとは別に、投資した意味のようなものがどこかにあるでしょう。個別株投資ならば、「この企業はいい経営をしているから伸びると思った」とか「私のお金でこういう企業を応援したい」とか「こんな経営者にあこがれている」とか「株主優待が気に入っている」とか、投資家はさまざまな副次的目的を意識しているのではないでしょうか。

アクティブ運用投信は玉石混交なのですべてが当てはまるとはいえませんが、「この運用者の考え方に共感した」といったことが購入動機の一つになっているはずです。きちんとしたアクティブ運用投信は、運用責任者が何をどう考え、どう動こうとしているかを購入者に対して積極的に説明しています。「言い訳」に聞こえることもあるでしょうが、株価指数に負けても解約されないように、運用者は支援者づくりに懸命になっているのです。「リターン以外の価値を見出してほしい」と。

各種のランキングでは、年率リターンなど数字で測れるものしか比較の対象になりませんが、投資にはその先に人間の営みがあります。そんなものはどうでもよくて、ただ、金融商品として平均的なリターンで回ればいいのか、それとも「自分のお金を役立ててくれている人がいる」という納得感や満足感、さらに確率は低くても平均を大幅に上回ることがあるというわくわく感がほしいのか、お好みはどちらでしょうか。(マーケットエッセンシャル主筆)

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