基本の話by前田昌孝(第9回)
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最終更新日:2022/11/22
無料記事 マーケットエッセンシャル, 前田昌孝, 基本の話, 日銀含み損
<金利上昇、何が怖いか>
株式の投資家にとって鬼門の9月が終わりました。なぜ警戒されていたのかというと、過去の実績で12カ月のうち、最も下落しやすい月だったからです。その経験則が裏切られることなく、今年は内外の株式相場は大きく下げました。日経平均株価も月間で2154円もの下落。世界の債券相場の「暴落」とも呼んでいい下げが、株式相場にも大きくのしかかった1カ月でした。
債券相場の下落は金利の上昇を意味します。銀行に預金してもほとんど利息がつかない日本では、もう少し金利が上がってもいいのではないかという声もあちこちから聞こえます。個人金融資産2000兆円の半分強は預貯金ですから、銀行預金の利息が年1%上がるたびに、個人は税引き前で年間10兆円ぐらいの金利収入を得られるはずです。
しかし、これが第一の理由とは思えませんが、日銀は「金利を上げると景気に悪影響がある」という理由で、徹底して超低金利政策を推進しています。一方、米国の10年物国債から得られる利子は年4%近くに達するわけですから、日本でも「そっちを買ったほうがいい」という人が大量に出てきています。
米国債など米国の金融商品を買うことは、円をドルに替えることを意味しますから、ドルはさらに上がり、円はさらに下がる可能性が出てきます。グラフに示すように、日米金利差の拡大につれてどんどん円安が進んでいます。9月22日に実施した円買い・ドル売りの為替介入も焼け石に水だったようです。
円安が進むと輸入物価が上がります。日本は原油や天然ガスなどのエネルギーだけでなく、食料なども大量に輸入していますから、よほどの賃上げでもない限り、人々の生活は一段と苦しめられることになります。米国をはじめ世界の金融当局は、インフレ抑制のために2022年に入り、大幅な利上げに動いています。マイナス金利だったスイスも、9月22日に利上げに踏み切りました。
<動かないのではなく動けない>
なぜ日銀は動かないのでしょうか。筆者の勝手な見立てですが、動かないのではなく、動けないのではないかと感じます。下手に動くと、日本経済が安定しているように見せ掛けていたガラス細工のような構造が、崩れてしまうからではないでしょうか。国の財政も社会保障も企業経営も金融システムの安定性も、長期に続いてきた超低金利に寄りかかっていて、均衡が崩れると、成り立たなくなってしまうようです。
ひとつ例を挙げてみましょう。日銀は9月20日現在で531兆4600億円の国債を保有しています。これはすべて取得時の価格で計算した金額です。ところが、日本証券業協会が公表している国債の流通価格(公社債店頭売買参考統計値の平均値)を使って、9月20日現在の日銀保有国債の時価を計算すると、530兆5000億円になります。買った値段を9600億円下回っています。
この程度の含み損ならば、ただちに日銀の信用に傷がつくような話ではないでしょう。しかし、日銀がもし利上げに動いたら、金利の上昇幅は0・5%とか1・0%とか小幅で済むかどうかわかりません。10年物国債で見ると、日米の金利差は4%近くあります。ちょっとくらいの利上げではインフレは収まらないでしょうし、円安傾向が止まらない可能性もあります。市場からの催促のようなかたちで、すぐに利上げ幅は3%ぐらいになってしまう恐れがないともいえません。
<日銀含み損を精密に計算>
日銀は約300銘柄の国債(変動利付国債、物価連動国債、個人向け国債を除く)を保有しています。それぞれ年限、表面利率、保有額などはばらばらですが、これらの一本一本について、もし利回り曲線が現状よりも上方にシフトしたら、価格はどの程度になるかを精密に計算してみました。
国債の価格は満期までに受け取る元利金の現在価値ですから、銘柄ごとに半年ごとに受け取る利息と、満期時に受け取る元金(プラス最終利息)のすべてについて、現在割引価値を計算し、それらをすべて合計すれば、はじき出すことができます。経過利息の扱いなど微細なところまでは手に負えませんが、パソコンの表計算ソフトを使えば、ある程度のことは可能になっています。
日銀は満期保有目的で国債を保有していますので、通常は金利上昇時の理論価格が取得価格を下回っていても、含み損になるだけで、損益計算書にも貸借対照表にも影響ありません。しかし、理論価格が取得価格の50%以下になっている、たとえば、単価102円で買った国債の理論価格が51円以下になっていれば、「強制評価減」といって、満期保有目的でも減損処理をしなければなりません。
グラフは利回り曲線の上方シフト幅を0・5%刻みで最高5%まで設定し、それぞれのケースについて含み損や強制評価減がどれくらいになるかを示したものです。驚くべきことに、利回り曲線が現状よりも0・5%上方にシフトしただけで、保有国債の含み損は約16兆円に達します。いくら満期保有目的だから計算書類には響かないといっても、日銀の純資産は4兆7000億円(2022年3月末現在)しかありませんから、経営不安を連想させる可能性は十分にあります。
利回り曲線の上方シフト幅が1%ならば、含み損は約31兆円に膨らみます。1.5%ならば約1兆円の強制評価減をしたうえでさらに43兆円の含み損を抱えます。その後もグラフのような状況で、利回り曲線の上方シフト幅が3%になれば、強制評価減を11兆円したうえでさらに70兆円の含み損を抱えることになりそうです。強制評価減だけで純資産が吹き飛んで文字通りの債務超過になってしまいますから、政府は直ちに増資などで信用補完をしなければならないかもしれません。
そんな局面では政府の資金調達にも大きな支障が出そうです。政府は発行している国債が満期償還を迎えるたびに借り換えのための国債を発行しなければならないのですが、もし利回り曲線が3%上方シフトすれば、利払いがどんどん膨らみ、最終的に現状よりも30兆円も多い金利を払わなければならなくなるからです。
<板子一枚下は地獄>
医療、年金などの社会保障に対する国庫負担などはする余裕がなくなってしまうかもしれません。本当にエッセンシャルなものは別として、多くの行政サービスも停止せざるを得ないでしょう。公務員の給与などを支払う財源があるのかどうかもよくわかりません。
日銀が利上げに踏み切るということは、超低金利状態ならば何とか維持できているさまざまな社会の仕組みが崩れる方向への引き金を引くリスクがあるといえます。かといって利上げをしなければ安泰かというと、いくら日銀が豪腕でも、長期金利をコントロールし続けることは、だんだんと難しくなってくるでしょう。平穏に見える日常生活も、板子一枚下は地獄だと認識しておくべき局面を迎えているのではないでしょうか。(マーケットエッセンシャル主筆)
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