賃金と実質金利上昇で苦しむ米国企業
ISM非製造業指数が急速に低下
米国では経済指標の悪化が続き、9月FOMCでの利下げ観測が急速に強まった。
長期金利が再び低下し、これに条件反射的に反応する大型グロース株が上昇したため、SP500とNASDAQが4日連続で史上最高値を更新している。
しかしこれは景気が悪化すると株価も悪影響を受けるという当然の原則に反する動きであり、バブル的要素が大きい。
NASDAQは4月19日安値から2か月半で20.7%、市場全体のベンチマークであるSP500も12.4%の大幅高となっており、米国景気の先行きに何一つ不安がないような印象を与えているが、実体経済を表わす指標は急速な悪化を示唆している。
その悪さが利下げ観測を強め、株価上昇を支えているのだから皮肉なものである。
相場の変曲点では、行き過ぎた楽観も悲観も、トレンドを過剰に進行させ、その後の激しい反動の原因を作るものだが、その可能性が強まっていると思う。
最も悪化したのはISM非製造業指数だ。
総合指数は48.8で前月から5ポイント悪化、2か月ぶりに50を割った。
この指標は滅多に50を割ることがなく、コロナ禍でパニックが起きた20年4月の最低でも41.6、わずか2か月で50を回復している。
さらにビジネスの業況を示す指数も49.6と前月より11.6急落、コロナ禍時の最低である26.0にはまだ間があるが、事態の深刻さとしてはこちらの方が重要だ。
コロナとリーマンショック、ドットコムバブル崩壊以外に50を割る事態がほとんどなかったからである。
ところが、今の市場は明らかにさらなる景気の悪化を待望している。
先行き、金利の大幅低下を予想の前提としているのだが、それがどんな悲惨な状況を意味するかを理解していないようなのだ。
仮にこの業況指数が35まで低下するとすれば、SP500の利益水準は30%以上低下するだろう。
株価の下落はそれ以上だろう。
現在の市場の期待は、景気が悪化すれば雇用も賃金も下がるから、インフレ率は低下し、FRBの金利吹き下げ余地も拡大するだろうというものである。
しかし高い確率でそれは間違いと判明するだろう。
労働市場の需給は、それぞれ複雑な事情が絡むため簡単な指標で判断するのは危険だが、筆者は米国の大勢を見るなら非農業雇用者数、平均時給、労働予備軍人口(働く意思のある成人人口から雇用者数を引いたもの)を相互勘案している。
速報性なら週次の失業保険申請数が優れている。
これらを見る限り、米国の労働市場は逼迫の程度は低下しているが、まだ悪化というにはほど遠く、金融緩和の環境はまだ整っていない。
労働人口が前年比0.64%増に対し非農業雇用者数は1.67%、差し引き労働予備軍は937万人で1年前より155万人減っている。
コロナ直前は1520万人だった。平均時給は3.86%上がっており、インフレが2%になるのに必要な、3%以下のレベルに下がるのはまだはるか先のことだ。
低所得ブルーワーカー層の賃金上昇は止まりそうにない
定期的に公表されるデータでないため、金融関係者はあまり知らないようだが、業種や賃金階層別の労働関係のデータが今ほど重要になったことはないと思う。
技術革新(あるいは戦争や疫病)が労働市場にどんな変化をもたらしてきたか。
グーテンベルクが1445年に活版印刷技術を発明したことから、情報は紙に乗るようになり、世界の果てまで伝わるようになった。
ルネサンスを生み、そこから宗教改革も科学革命も始まったのである。
やがて電気通信が発明され、計算機やコピー機が生まれたことで米国経済は爆発的に成長した。
200年前、半導体という物質が発見され80年ほど前に半導体素子を利用してトランジスタが発明された。
今我々が半導体と称しているのはその子孫である半導体デバイスというものである。
手間を省いてくれる便利な機械の登場は、毎回大幅な労働力の節約とコストダウンをもたらすので、労働市場が激変するのは必然的な結果である。
80年代以降、いわゆるホワイトカラーの仕事の内容がどんどん変化し続けている。
手作業による計算、書類の転記、資料の検索などの業務は各種のファクトリー・オートメーション機器によって代替され、効率化が進んだ。
結果として、60-70年代の米国ホームドラマで描かれたような中間層の世界は次第に縮小し、大部分が貧困層にシフトした。
米国では何かにつけ、専門家の肩書がないと高い所得を得られない。
そのため皆が大学に行こうとするが、かの地では地元民優遇か奨学金受給者でない限り、年間5万ドル程度の学費を払わなければならない。
しかしそれに見合うリターンが得られるかどうかは運と本人の努力が伴った場合に限られる。
実質的に完全雇用状態であるという事実から判断すれば、仕事はたっぷりあるのだ。
しかしその多くはエッセンシャルワーカー、素朴に言えば肉体労働、汗を流す汚れ仕事が大半である。
これらはOA機器やコンピュータでは代替できない。
だがこうした業務でも一定の熟練が要求され、しかも電子機器が多用され、一定以上の知的対応力が求められる。
必要なワーカーを招くには生活をカバーするのに足る賃金の提示が必要だ。
だが住宅価格の上昇が止まらず、当然それが家賃として賃金に跳ね返っているから、賃金上昇率がなかなか下がらないのである。
これらのメカニズムを理解していないと、ISM指数などの「社会の上澄み部分」だけで構成される指標の下落とのギャップが理解できないだろう。
実は米国全体のビジネス景況感はかなり急速に悪化している。
借入金利は8%以上で賃金は4%以上上がっているのに、住宅着工は大幅減、小売売上高は2-3%しか伸びていないからだ。
インフレ調整後ではデータセンターを除けば設備投資も実質マイナスだろう。
確実にこれらは企業業績に反映されてくる。
米国では間もなく決算発表が始まるが、4-6月の下振れ、7-9月の慎重な展望ラッシュは半分確定的であり、現状ではスタグフレーション・シナリオの可能性が強まっている。
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