国民は「安定」を求めている
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連合を組んだ立憲民主党をはじめ野党がどれだけ票を伸ばすのか。注目された衆議院議員選挙が終わりました。テレビの開票速報を見ながら、しばらくは小選挙区制の特徴がよく表れているようにみえました。全国の4分の3の小選挙区で「野党共闘」が成立し、野党候補が与党候補と1対1の接戦を繰り広げているように見えたからです。小選挙区制が導入された当時、小選挙区制になれば、お手本にしたイギリスのように、政権交代が比較的容易に行われるようになる、といわれていました。そんな雰囲気が出てきたと感じたのですが、結果は、大幅に伸びると予想されていた立憲民主党が逆に議席を減らしてしまいました。共産党もそうです。ある政治評論家は「立憲も共産も惨敗」と表現していました。
一方で新型コロナウイルス感染症への対応のまずさから議席を大きく減らすとみられていた自由民主党は、単独過半数どころか、衆院に17ある常任委員会の委員長ポストを独占できる「絶対安定多数」(261議席)を確保したのです。また共闘には加わらなかった日本維新の会は大きく議席を増やしました。今回の選挙からなにが見えるのか、考えてみましょう。
公共経済学の世界では有権者の選挙行動をコスト・ベネフィット分析で考えるのが一般的ではないかと思います。つまり有権者は、投票するコスト(費用)とベネフィット(便益)を比較し、ベネフィットが大きいと思えば投票するし、小さいと思えば投票に行かない、というわけです。
この場合、コストは、立候補者について情報を集める費用や投票所に行く交通費などです。また投票所に足を運ぶことによって例えばゴルフをする楽しみをあきらめる、といったコスト、つまり機会費用も含まれるでしょう。多分、さまざまなレジャーを楽しむ機会が豊富な都会にとってはこれが最大のコストかもしれません。一方、投票することによって得られるベネフィットは、自分に有利な政策が採択される可能性がある、社会人としての義務を果たしたという満足感が得られる、などが考えられます。
今回の総選挙では投票した有権者の多くが、払った各種コストを自民党に投票するベネフィットが上回ると判断したことになります。なぜでしょうか。有権者の多くが、「安定」を望んでいるということではないかと思います。野党の選挙公約には、期間限定とはいえ所得税や消費税の引き下げをはじめ、さまざまなばら撒き政策が掲げられていました。自民党も、岸田首相の「新しい資本主義」を選挙公約に取り込み、「分配」に重点を置いた政策運営を行う構えをみせていますが、野党に比べれば現実性があると有権者は判断したと思われます。
さらに注目したいのは、投票率が55%強と予想外に低かったことです。戦後3番目の低さだということです。安倍長期政権の弊害がいわれ、新型コロナウイルス対策の不手際などで菅政権が1年で退陣した直後の総選挙にもかかわらず、なぜ投票率が上がらなかったのか。ここにも「安定」を重視する国民の気持ちが表れているように思います。
21世紀に入って以降、これまでに2度、投票率が70%近くに高まった総選挙がありました。郵政選挙と言われた2005年の総選挙(67.5%)と民主党政権が誕生した2009年総選挙(69.3%)です。いずれも「このままではいけない」と国民の心が騒いだ時です。今回は当時とは様子が違うのです。自民党にも満足できないが、野党には政権を任せられない。こう考える人が棄権を選択したのではないでしょうか。これには政治がほとんど機能不全に陥った民主党政権の崩壊から日が経っていないことも影響していると思われます。投票所に足を運ばなかった有権者は、「消極的な安定」を選んだということになるでしょう。
(2021年11月2日記)
【内田茂男 プロフィール】
1965年慶應義塾大学経済学部卒業。日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、2000年千葉商科大学教授就任。2011年より学校法人千葉学園常務理事(2019年5月まで)。千葉商科大学名誉教授。経済審議会、証券取引審議会、総合エネルギー調査会等の委員を歴任。趣味はコーラス。
<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか
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