損する前にこれを読め!
証券会社の営業トーク「本音と建前」
『野村証券の悪を許さない』

ジャイコミ編集部

証券会社の営業担当者の口説き文句とはどういうものだろうか。
近著だと『野村証券の悪を許さない』(第三書館)という本が参考になる。

『野村証券の悪を許さない』(矢﨑誠一著)

『野村証券の悪を許さない』 (矢﨑誠一著、2013年発行)

著者は矢﨑誠一さん(85)。「ピップエレキバン」で知られるピップフジモト(現ピップ)の元相談役だ。野村証券を相手に、約1,600万円の損害賠償請求訴訟を起こした経験を記した。
この本の特徴は、なんと言っても録音していた野村の営業担当者とのやりとりにある。

録音記録でわかる名調子ぶり

野村との付き合いは矢﨑さんがピップ相談役を退任した後の1999年から始まった。自宅マンションに飛び込み営業に来た営業マンと、「話だけなら一回聞こうか」と会ったのがきっかけだ。
矢﨑さんは「野村は日本一の証券会社。銀行なみに堅いと思っていた」と話す。

トラブルの発端は05年のこと。在職中に割り当てられたピップ株の売却について、野村の営業担当者に相談したところ、「06年中に売却すれば、証券税制の優遇措置で税率は10%だが、07年以降になると20%の税率になる。10%のうちに売却すれば800万円税金が少なく済む」と助言された。

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ところが、この助言には事実誤認があった。
ピップのような未上場株の売却には、この軽減税率は適用されないからだ。しかも「07年以降には20%に」というのも間違いだった(実際はその時点では07年末までで、その後13年末まで延長されることになる)。

矢﨑さんはこれらの事実を売却後に知る。営業担当者とその上司は、説明が不正確だったことを詫びたうえで、不必要な売却で払うことになった税金分800万円を「取り戻す」旨を伝えた。

取り戻す手段とは、新規公開株をはじめとした株式や投資信託への投資だった。その一環として、コマツ株を購入することになる。
その時のやりとりが本に記述されているので、一部要約して紹介する。
会話は07年10月22日のものだ。コマツ株はその前の10月16日に現時点での上場来高値をつけている。

営業担当者 今日の日経新聞の1面見てください。真ん中に「GM最終赤字4兆5000億」。で左側に「トヨタ純利益21%増」と。
1年後の新聞の見出しで、GMのところを「アメリカ・キャタピラー」にして、トヨタのところを「コマツ」にすると、それが今のコマツの実力だと思います。
だから、確かに今日も相場荒れてるし、下がってますけど、今こそ、もう一回買い場残してくれたと、僕は喜んでいるという状況なんですけど。5000株注文入れさしてください。コマツは買っとくべきだと思いますから。
矢﨑 もう、だんだんだんだん僕の方針と違うほうに行っているから。
営業担当者 いや、それは、この前、そういうお話さしていただいたじゃないですか。とりあえず、今は方針違うけど、やっぱり(取り戻すために)稼がなあかんと。で、コマツがやっぱりいいと思いますと。
で、矢﨑さんも「コマツやったら安心感もあるし」っておっしゃっていただいたんで、だから安いとこ買いましょうよ。今、今、本当に安いです。

コマツが建機世界首位の米キャタピラーを逆転するのではという想像力をかき立てる見事な語り口だ。

ところが後日にはこう変わる。

矢﨑 2,100万円ほど、現時点では損しとるわけですわな。
売ってないけどね、まだ。
営業担当者 だから、そこまで矢﨑さん、待ってください。僕はほんとにコマツは上がると思ってるから。
矢﨑 コマツが上がったかて、この2,000万円、カバーでけへんなあ。
営業担当者 2,000万はわかんない。もっと上がる。僕は正直言うとね、コマツは5,000円になると今でも思ってますよ。ええ。何でコマツ、ここまで売るのと。いや、僕がほんとにアラブの大金持ちでアラブの王子であればコマツの株は100万株でも、200万株でも買いますけどね。

だが、サブプライム問題の深刻化に伴って、07年の年末以降、相場は崩れていった。

さらに後日の会話。

矢﨑 ものすごい。勧め方が。えらいもう確実にもう年変わったら、年末には4,000円台に乗りまっせみたいな、あなたも言うてはった。
営業担当者 ああ、僕も言いましたよ。
矢﨑 そんなに言うて勧められて、ええんかなあと。その気になりますわな。そう言われたらね、
営業担当者 でも矢﨑さん、逆に上がりませんからと言ったら、誰も買わないじゃないですか。

正論ではあるが、これを開き直りともいう。

投資意向を巡る問題も浮き彫りに

矢﨑さんは株、投信、変額年金とリスク性商品に投資していった。07年9月のピーク時、その額は9,357万円に達する。「(ピップ株売却で税金分を)損したことで離れられなくなった」(矢﨑さん)という。
しかし、値下がりした商品の損切りのため、07年末から08年にかけて、売却に追い込まれた。

そして08年7月、損害賠償請求訴訟を大阪地裁で起こした。
損を取り戻すためにと商品を次々と勧誘し、特にコマツ株の勧誘については「必ずもうかる」と説得して購入させるような金融商品販売法の違反行為となる「断定的判断の提供」に当たるというのが提訴の理由だ。賠償額として請求した1,600万円は、提訴時点での実損分と評価損の分。ただ損失はリーマン・ショックでもっと増えた。

矢﨑さんは「夜店の香具師(やし:テキ屋と同義)の叩き売りみたいに猛烈に来る。ピップ株のこともあったので、記録にとっておかないとと思って、最初は電話の会話だけ録音していた」と話す。

訴訟の結末は本を読んでほしいが、もう一点注目してほしいのは、証券会社が「お客様カード」などに書かせる顧客の投資意向を巡る問題だ。
株式などリスク性の高い商品を購入してもらうために、「元本の安全性を重視」から「安全性と収益性のバランスに配慮」などへと投資意向を誘導させるような営業担当者のトークが、訴訟といったトラブルとなるケースでは後々明らかとなる。時には担当者が勝手に書き換えていることもある。矢﨑さんの事例でも争点の一つとなった。

本は、裁判に提出した資料をそのまま引用しており、また事実が時系列で整理されていないなど、正直読みづらい部分もある。だが、拙い記述だからこそ、生々しさも伝わる。自分史として書かれているピップエレキバンやシャンプーハットの開発秘話も興味深い。

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