日経平均2万円目前も、買いの理由と中身がよくない
日本個人投資家協会 理事 木村 喜由
Vol1350(2015年11月19日)
ファンダメンタルズに支援材料が出ない中で、フランスの同時多発テロがあったのに拘わらず世界の株式市場は驚くべき堅調さを維持している。11月19日午前4時には米FOMC議事録が公表されたが、多くの理事が12月利上げの方向性を示唆、これまでなら利上げ接近、ドルは一段高ということで、嫌気売りが出て当然のところ、今回は逆に1%以上の大幅高となった。
米国の利上げはドル資金を根源とする各種の投機資金、事業用借入資金を圧迫する。またドル高は米国企業の収益を直撃するので、間違いなく株安要因、かつリスクオフ要因のはずで、株価の大幅上昇というものは理論的にはおかしい。
そうならなかった理由は二つある。
“テロに屈しない”愛国の買い
大規模なテロに遭った場合、それで株価が崩れてしまうと彼らにしてやられたということになってしまうので、欧米投資家の中には下げさせないために「愛国の買い」を入れる向きが結構いる。場合によっては政府系ファンドを使う場合もあるようだ。
今回のテロはこれで終わりになるとは思えず、世界中で自爆テロのリスクを意識せざるを得ない。よってリスクオフの理由になるほか、観光客は減り、途上国への設備投資にもネガティブなはずなので、実体経済からも株安になるのが自然である。弱みを見せたくないという理由だけで買ったというのが第一。
ヘッジファンドの突っ張り
第二は、さるヘッジファンド(東京ではUBSとモルガンスタンレーMUFG経由で今月株式先物で2兆円近く買い越している)が、まだ強気トレンドに大きく賭けている最中であり、ここで腰砕けになったら大損になりかねないため、強気で突っ張り続けている。
FOMC議事録公開の際は、内容がどうであれ市場参加者の緊張感が高まっているため、ドサクサ紛れに大きく買い上がると、それが正しいということになり、目先筋の踏み上げを誘発して意外高を演出することができる。海外で彼らがどんなポジションを取っているかは知らないが、日本でやっていることと整合性のあるポジションを積み上げているはずである。つまり基本シナリオは株高とドル高である。
裁定買い残の急増が暗示する、天井打ち後の急落
急落場面ならともかく、この環境で株式を高値で買い増しする機関投資家はあり得ない。個人投資家も売り上がり方針のはずだ。結果として、株価上昇の要因となっているのは裁定業者による、株式先物売りとセットになった現物買いがほとんどということになる。
結果として、ヘッジファンドの先物買いポジションが激増、それに見合う裁定業者の裁定ポジションが増加している。東証報告分では、裁定買い残株数はボトムだった9月29日の14.3億株から、火曜時点で21.7億株に増えている。ここ2日間でも1億株強増加しているはずだ。この他にも東証報告外で裁定残は5億~6億株存在している模様だ。
裁定残高が注目されるのは、その動向が投機筋の買いポジションの規模を推定できる手がかりになるからだ。相場が安値からかなり上昇した後、上げ方が鈍くなる中で裁定残高が増加していった場合、先物の売り建玉の大きな部分が裁定業者のものになる。
裁定業者(通常は東証会員権を持つ証券会社、同じ系列の東証非会員会社に裁定ポジションを譲渡することがあり、全貌を正確に把握することは困難)は、通常、先物を割高な値段で買う投資家がいる時に売って、若干割安な現物株を買うことにより、確実な利益が見込めるポジションを組む。原則として相場観は一切持たない。現物先物の理論値との乖離だけで判断する。
買い方が利益確定した後に下値の買いがない!!
通常の相場では、先物の売り方と買い方のがっぷり四つになり、現物市場の動向を横目に、一定量下がればどこからともなく利益確定の注文が出て落ち着く。基本は現物市場での冷静な価値判断の激突で決まる(いつもそうだとは言えないが)。
ところが売り方の大部分が裁定業者だと、買い方が利益確定あるいは投げ売りを出してきた時、それに対抗して買う投資家が存在しないのである。無理やり安い値段で先物を売った場合だけ、裁定業者が反応して先物を買い現物を売る。ところが、上げ局面では1%株価を上げるのに裁定残が5千万株増えるとすれば、高値圏ではその3分の1の売り物で下がってしまう。現物の買い注文が一斉に引いてしまうからだ。下げの方が急速になるのはそのためだ。
安値で売ってもいくらでも拾ってくれる投資家が存在すると思うから、投資家はリスクが限定的と思って買うことができる。債券とか一流の優良株がそうだ。ところが、リスクオフ局面では、小型株を安値で売りたくてもわずかな買い注文しか見えないという場面がしばしば起こり、泣く泣くとんでもない安値で処分をさせられるということがある。
大口の先物売りで崩れる大幅安
株式先物は流動性が潤沢だから、損失処理は簡単、と思うのは小口投資家だけ。大口は大変である。裁定残が多い場合、裁定業者は注文を指値であらかじめ出すことはない。先物で下値の買い注文がスカスカになると、損失を抱えた買い方は先を争って売りを出すことになり、それがどんどん安値を誘発して、予想もしなかった大幅安まで現実化させるのである。自分の売りで崩れる。8月25日とか9月29日の下げがそうだった。
現在の先物買い大手がどういう腹積もりで動いているかは知る由もないが、2兆円分もの買いポジションを一気に望み通りの高値で吸収してくれる買い手というのはそうそうあるものではない。一気に先物決済ができるSQまで高値で持って行き、頑張り続けることができれば都合がよいが、GPIFをはじめとする年金基金は株価が高い時ほど売りに出る。裁定残が多いと、急落を見透かして売りに出てくる投資家も出てくる。現在はまさにそういう雰囲気で、買い方に乗って欲張ると大けがをしかねない局面である。
*木村喜由のマーケット通信は今後、有料記事で掲載予定です。サンプルとして無料公開しています。
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