基本の話by前田昌孝(第8回)

<金融教育を国家戦略に?>

新聞に新しい資本主義の実現に向け、金融庁が金融教育を国家戦略にするように提言するという話が出ていました(日本経済新聞8月30日付朝刊)。金融機関が手数料稼ぎのためにおかしな金融商品を売りつけることが多いから、注意喚起をするというのでしょうか。話の流れからみると、どうもそんなことではなさそうです。

日本証券業協会は1960年代から3年に一度、「証券投資に関する全国調査」という大掛かりなアンケート調査をしています。株式や投資信託の保有経験については2003年までは世帯を対象に、2006年以降は回答者個人を対象に質問していますので、ちょっと段差があるのですが、いずれにしても国民の8割程度は株式投資の経験がなく、いくら政府や証券会社が「貯蓄から投資へ」と呼び掛けても、経験者が増える気配はありません。

筆者は長年、証券分野を取材する記者をしていまして、どうしたら投資に関心を持つ人がもっと増えるかを、さまざまな立場の方と議論してきました。「米国のような投資教育を若いころから施すべきだ」「投資優遇税制をもっと大胆に導入すべきだ」「何よりも成功体験を持ってもらうことが一番だ」。本当に多くの意見があり、少しずつ、いろいろなかたちで実現していることは、ご承知の通りです。

しかし、なおプラスの話とマイナスの話が混在していて、個人金融資産が「貯蓄から投資へ」と動いているような実感はありません。2018年に始まった積み立て型の少額投資優遇税制「つみたてNISA」は、金融庁の集計によると、2022年3月末現在で600万近い口座が開設され、投信の買い付け総額も1兆8000億円ほどになりました。しかし、個人投資家の個別株の現金取引では手元に統計がある2012年以降だけでも、毎年1兆円以上の売り越しがずっと続いています。

<特定の業者だけにメリット>

こんな状況に対して、金融行政はこれまでどう携わってきたのでしょうか。そのときどきの首脳陣の考え方によって若干、色合いは異なりますが、基本的に「たびたび問題を起こす業者の信頼がおけないからだ」という観点から、重箱の隅を虫ピンで突くようなルールの導入に力を入れてきたと思います。

この結果、証券会社は常に行政の顔色をうかがいながらビジネスをする存在になりました。毎月分配型投信がダメだと言われれば「はいすみません」。投資信託保有者のうち、利益が出ている顧客の割合を定期的に公表せよと言われれば、「おっしゃる通りにいたします」。陰では「毎月分配型には強い顧客ニーズがある」「プラス顧客の割合の公表など意味不明」などと語る関係者が多いですが、表立った声にはなりません。証券会社が顧客の方ではなく、行政の方に顔を向けて経営しているといってもいいです。

 つみたてNISAも20年という長期にわたる税制優遇の仕組みを埋め込んだという点で、官僚の常識から考えれば画期的な制度だったかもしれませんが、そんなことは行政マンの勝手な思いであり、国民の多くはなぜ毎年、恒久化うんぬんを議論しているのか、よくわからなかったのではないでしょうか。

 導入時のことを思い出してください。世の中には本当にたくさんの投資信託が出回っているが、どれもこれも商品性がダメで、つみたてNISAの対象にできそうなのは50本程度しかないというところから始まりました。「年間40万円の積み立て上限なんて、とてもじゃないが採算に合わない」という証券業者の抵抗を押し切って、無理やり導入した「官製商品」なのです。

 ところが、電子商取引を本業にしている特定の企業が、若年層の顧客を囲い込んで自社の商品やサービスを買わせるのにうってつけだと考え、つみたてNISAを一つの部品にして、グループの本業のポイントサービスを拡充した結果、そこに若年層の顧客がどんどん口座を開設するようになったのです。

 その結果、できたのが600万口座。30歳代の国民の12・4%が口座を持つまでになりました。金融庁は自画自賛していても、証券界は一部のオンライン証券を除いて、白けているのが実態ではないでしょうか。「特定の業者だけがメリットがある」「証券投資に関心がある国民だけが恩恵を受けられる」。こういう施策は恩恵を受ける人たちがどんどん利用しますから、一見、すごく普及しているようにみえるのですが、国民の選択に中立的ではないいびつな制度が多いのです。

<もっと中立的な制度に>

 金融関連に限らず、急速に普及する制度には共通していびつな面があります。最近の典型例はふるさと納税。ふるさとを思う気持ちから、住民税の一部をゆかりのある自治体に回すといった制度の趣旨からどんどん離れて、通信販売と大差ない仕組みになり、うまく活用した自治体が、ふるさとでも何でもないのに多額の資金を集める事態になりました。

 新型コロナウイルス絡みのさまざまな補助金も、似たようなところがあるのではないでしょうか。小さな飲食店などは店を閉めていたほうがお得だということになり、助成すべきでない先にまでずいぶんおカネがばらまかれたような気がします。「導入しても利用はさっぱり」といった多くの施策よりはいいのかもしれませんが、ヒットするのも、何かの歪みを生んでいることと裏腹なのです。

 つみたてNISAでいえば、制度的なヒットの裏側で、必ずしも金融商品への投資助言に関する公的な資格を持っているともいえないようなユーチューバーの影響で、特定の商品だけが売れる現象を招いています。2018年1月に100本程度で始まった対象投信は2022年8月現在で215本もありますが、多くは極めて小粒で、本当に20年以上も責任を持って運用してくれるのか不安を感じさせています。

 つみたてNISAが悪いわけではありませんが、銀行が株式保有のリスクを取らなくなった分、家計にリスクを取ってもらい、企業に成長資金を回して、経済成長を促したいという政策的な思惑は、完全に外れてしまいました。口座で買われる投信の大半は米国株を中心とした外国株を組み入れる指数連動型商品だからです。

 老後の資金不足に向けて国民の自助努力を促したいのならば、投信だけではなくて、預貯金でも債券でも何でも積立商品には税制優遇をするような、もっと国民の選択に対して中立的な制度にすべきではないでしょうか。

<金融教育をするのならば>

 金融庁はつみたてNISAをもっと普及させるために金融教育をしたいのでしょうが、それは単なる販売促進であり、教育の名に値するものではありません。少子高齢化で年金財政がひっ迫するなか、老後の資金不足は国民共通の課題として受け止めざるをえませんが、つみたてNISAを利用すれば、老後の2000万円の不足金が穴埋めできるような誘導は決して正しくありません。

不足額が2000万円だけで済むかどうかという問題はここでは置いておきましょう。現状の制度的な建て付けでは、つみたてNISAで購入するのはリスク商品なのですから、(1)成否には大きな差があり、元本割れのリスクもあること(2)長期に続ければリスクが減るなどということはないこと(3)長期の積み立ては特定の金融商品への集中投資になりがちなこと(4)換金時の相場状況次第で結果は大きく変わるので、換金を迫られることがないように余裕資金で取り組むこと、などをきちんと伝えるべきでしょう。

「老後の資金不足のために証券投資をして、おカネに働いてもらいましょう」などというずさんな物言いも排すべきです。間接金融が機能していれば、銀行預金だっておカネに働いてもらっていることになるはずです。銀行のプライベートエクイティとしての機能が再び発揮できるように、もっと金融庁は知恵を出すべきです。

専門的な訓練を積んだ銀行のプロがおカネを振り向けたくない先に、何で家計がなけなしのおカネを直接、出さなければいけないのですか。(マーケットエッセンシャル主筆)

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