基本の話by前田昌孝(第46回、高市トレードは本物か)
2025年10月の日経平均株価の上昇幅は7478円71銭と、1カ月間の上昇幅としては1990年10月に記録した4210円60銭を大幅に上回り、過去最高になりました。日本初の女性首相となった高市早苗氏の手腕に期待する買いが大量に入ったためだと思われます。買いが買いを呼ぶ展開は「高市トレード」とも呼ばれていますが、果たして裏付けのある急騰劇なのでしょうか。
本物と偽りの区別は
そもそも市場で形成される株価については何が本物で何が偽りなのかなどは簡単に断じることはできません。市場で付く価格は過去の実績ではなく、将来への期待を反映して決まるからです。たとえば売り手はこの株高は一過性かもしれないから売るチャンスだ、買い手はこの株高はまだ続きそうだから買いチャンスだなどと思って売買しているのです。

株式相場の水準がバブルかどうかという問いもよく発せられますが、回答は同じようになるでしょう。なかにはバブルだと思うけれども買う、本物だと思うけれども売るという人もいるかもしれませんが、一般的にはバブルだと思ったら下がらないうちに売ろうと動くでしょうし、本物の株高だと感じたらひとくち乗りたいと考えるでしょう。
ある人は本物と信じ、別の人は偽りと信じ、市場で取引しているわけですから、「高市トレードは本物か」という問題設定自体が意味ないかもしれません。ただ、現実に日経平均が1カ月間で7478円も上昇しました。その根拠を考えてみることは、株価形成のメカニズムを知るうえで意味があることかもしれません。
悪い株高を招く恐れ
筆者は株高の根拠を5つに分けてみました。1つ目は予想される経済政策から論理的に導き出せる株高圧力です。2つ目は日本経済の変化への期待が株式の買いを呼び込んでいることです。3つ目は世界の株高にシンクロナイズしている面も大きいのではないかということです。4つ目は内閣支持率の高さが長期政権になる予感をもたらしていることです。5つ目は株式市場の構造変化が投資家のリスク許容度を高めているのではないかと想定できることです。
順に見ていきましょう。1つ目の高市政権下の経済政策は「サナエノミクス」とも呼ばれています。その特色は積極財政です。積極財政というと予算のばらまきのように思われるかもしれませんが、考え方としては均衡財政や緊縮財政の対立概念です。均衡財政は国の歳入と歳出を均衡させ、財政赤字になるのを避けるべきだという考え方です。積極財政は経済の停滞時に財政支出をして経済を活性化させようという考え方です。
積極財政のほうが株高につながるのではないかと思われるかもしれません。財政支出や減税を通じて消費や投資を刺激してくれるというのですから、その政策が適切ならば、企業の業績もよくなるでしょうし、雇用も創出されるでしょう。
しかし、サナエノミクスが適切さの基準をどこに置いているのかはっきりしません。国債を発行してでも減税といった政策に動けば、ただでさえ悪化している日本の財政がさらに悪化する可能性も強まりますし、急激な円安やインフレを招くリスクがあります。
投資家は株式だけを持っているわけではありません。「インフレならば株高だ」とよく言われますが、インフレも適度な範囲を超えていけば、通貨価値が下落し、輸入品の価格が高騰し、国民生活が破壊される恐れもあります。
高市首相は財政規律との関係では政府債務の名目国内総生産(GDP)比率を着実に下げていく方針を示しています。市場関係者からは「要するにもっとインフレにしようということではないか」との声も聞かれます。それでも株価は上がるかもしれませんが、サナエノミクスのやりすぎによる株高は「悪い株高」になる恐れがあるのではないでしょうか。
虎穴に入って虎子獲得
2つ目は変化に期待した買いですが、上に行くか下に行くかは別として、株価が動きそうならば、収益チャンスとみて動く投資家も多いのではないかと思われます。損をするかもしれませんが、大きく稼げるかもしれません。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という発想からおカネを投じてみるのです。
今回の株高は何段階かに分かれていました。第1弾は10月6日の2175円高で、自民党総裁選に高市早苗氏が選出されたのを受けた株高でした。第二弾は10月20日の1603円高で、自民党と日本維新の会との連立協議が始まり、高市首相の選出がほぼ確実になったことを受けての株高でした。第三弾は10月27日の1212円高で、発足した高市内閣の支持率が極めて高かったことを受けての株高でした。
自民党総裁選には5人の候補がいましたが、良い方向か悪い方向かは別として、日本を変えるかもしれないと一番感じさせたのは高市氏でした。その高市政権の実現の可能性が高まるにつれ、賭けに出てみようと動いた投資家が多かったのではないでしょうか。
ハイテク3社が4700円動かす
3つ目は10月の株高は高市トレードなどではなく、世界のハイテク株相場の流れに乗っているに過ぎないとの考え方です。実際、アドバンテスト、ソフトバンクグループ(SBG)、東京エレクトロンの3銘柄で、日経平均の1日の値動きの大半を説明できる日もありました。
10月1カ月間の上昇幅は東京エレクトロンが7820円、アドバンテストが8485円、SBGが8380円でした。ただ、株価換算係数がそれぞれ3倍、8倍、6倍ですから、合計の値上がり幅としては、それぞれの株価に換算係数を掛け合わせた14万1620円になります。

これを日経平均の除数(約29・92)で割ると、4733円になりますが、これは10月の日経平均の上昇幅の7478円の63・3%にもなります。
筆者は毎日、株式相場の騰落の最大の理由を書きとめていますが、10月は日経平均株価が前日比100円以上の騰落となった日が19日間ありました。このうち8日間は米国のハイテク株の動向が日本の株式相場を動かす最大の要因でした。
タイミングよく株価が動いたから「高市トレード」と言われているだけで、実はあまり関係がなかったのかもしれません。
長期政権との見方が株価押し上げ
4つ目は高支持率自体が連想ゲームのように株高につながるという考え方です。内閣支持率が極めて高かったことが10月27日の株高につながったことは前段で説明しましたが、支持率の高さは安定政権を連想させ、長期にわたって政権を担う可能性が出てきたとの読みにつながります。
なぜ長期政権だと株高を連想させるのかというと、戦後の首相のなかで株式相場を大きく上げたのは、もっぱら長期政権だったからです。

上昇幅でみるか、上昇率でみるかによって順位に差が出てきますが、往年の首相が不利にならないように上昇率でみることにすれば、ベストスリーは佐藤栄作、中曽根康弘、安倍晋三でした。通算在職日数は佐藤が2798日、中曽根が1806日、安倍が3188日でした。
株式相場は右肩上がり上昇しているのだから、長期に政権を担えば、期間に比例して株価が上がるのは当然だといわれるかもしれません。しかし、長期に政権を担えること自体が実力であり、支持率の高さは長期政権の重要な要件です。
5つ目は投資家層の若返りが株式市場の活性化につながっているのではないかとの仮説です。すでに株式を多く保有している年配の投資家は株価が上昇すれば、売り手に回ることが多そうです。
ところが米国ではオンライン証券を舞台に、ゲームのように短期売買を繰り返す若年投資家が急増し、ロビンフッド現象と言われるようになりました。ロビンフッドとはスマホベースの証券会社で、手数料無料が特徴です。
日本でも若年層の投資デビューが増えています。オンライン証券会社の単元未満株売買サービスなどが資金力の乏しい若年層を市場に招き入れているのです。若年層の取引の活発化で、取引所の委託売買代金に占める個人の売買代金のウエートはここ数年、大きく上昇し、30%乗せをうかがうようになってきました。

若年層の投資手法には危うさを感じることもありますが、大胆な分、株価形成にも影響を与えているようです。高市トレードの一角を担った結果、10月の個人投資家の株式売買代金は、1カ月の売買代金として過去最高になったもようです。(マーケットエッセンシャル主筆)
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