基本の話by前田昌孝(第1回)

公開日: : 最終更新日:2022/03/02 上級, 無料記事 ,

政府はあとで撤回したが、2019年6月に金融庁が公表した「老後2000万円報告書」は、国民に大きな衝撃を与えた。特に20~40歳代の資産形成層は危機感を覚え、積み立て型の少額投資非課税制度の活用に走った。2021年6月末現在で300万人強の資産形成層が、このつみたてNISAの口座を持っている。リスク投資を始めた人たちが道に迷わないように、基本的な話をしていこうと思う。

金融庁の統計では20~40歳代が持つつみたてNISAの口座数は、2019年6月末現在で98万284だった。その後2年間で3倍強になり、2021年6月末現在では302万2266口座に膨らんだ。コツコツと買い続けた投信の合計買い付け額は、買ったときの時価を足すと7334億円。すべての年齢層を合算した合計買い付け額は1兆732億円なので、68・3%を資産形成層が占めている計算になる。

株式投信全体の純資産残高は2021年末現在で約150兆円(私募投信は除く)なので、まだ金額的には知れているが、これだけの人数の人たちが投信を通じてとはいえ、株式市場に流入してくるのは、驚くべきことである。20~40歳の総人口は2022年1月1日現在で4431万人だから、およそ15人に1人がつみたてNISAを利用している計算だ。早晩、10人に1人ぐらいまで普及するのは確実ともいえる。

新しく投資を始めた人たちにどんなメッセージを伝えられるだろうか。まず投資と博打(ばくち)とは同じかどうかを考えてみたい。というのも、どちらも大もうけする人もいれば、大きな損失を出す人もいる。いかさまはないということを前提にすれば、どちらももうかるかどうかは確率の話である。しかし、「投資の名人」「投資の神様」などと呼ばれる人はいるが、「宝くじを買う名人」などは聞いたことがない。

なぜか。筆者は大きな誤解だと考えているが、投資は勉強すればするほど成功する確率が高まると思っている人が多いからではないだろうか。米国で保険会社を経営しているウォーレン・バフェットさん(91)は、この世界では神様だとあがめられている。確かに巨万の富を持つ資産家であり、投資家の間で発言は金言だと受け止められている。

しかし、経営者としてバークシャー・ハザウェイという保険会社を大きくした手腕は大いに評価すべきだが、値上がり銘柄を当てる力がそれほどあるわけではない。バークシャー社は2020年12月末現在、44銘柄を保有している。このうちの代表的な13銘柄の保有状況は、2021年2月27日に公表した「株主への手紙」に掲載されている。

プロの投資家の能力は一般に確保したリターンが、比較対象の株価指数(ベンチマークと呼ばれる)の上昇率を上回ったかどうかで評価するのだが、13銘柄の戦績は7勝6敗だ(2022年1月25日現在)。勝ち越したからいいのではないかとの見方もあろうが、「株主への手紙」に掲載しなかった31銘柄の戦績は12勝19敗。負け越しである。

神様といえどもこの程度の戦績にとどまるほど、株式市場で値上がり銘柄を探り当てるのは至難の業なのである。というよりも、買った銘柄がベンチマーク以上に値上がりするかどうかの偶発性は、実は博打と大差ない。こんなことを書くと、個人投資家協会の重鎮から「でたらめを言うな」としかられるかもしれないが、株式投資の偶発性がいかに高いかの証拠はいくらでも出すことができる。

それならば、「つみたてNISA」などはやめて、「つみたて宝くじ」でもやったほうがましなのではないか、という声が出てくるかもしれない。しかし、投資と宝くじとの間には偶発性以外の大きな違いがある。宝くじでは抽選会後に当選者に渡される賞金の総額は、宝くじの購入者が払い込んだ「賭け金」の総額から、経費や発売元の自治体に支払われる「収益金」を差し引かれたものだ。賞金総額は掛け金総額の47%程度らしい。

この点、株式投資の「賞金」総額は、若干、証券会社に手数料を徴収されるものの、基本的に将来の時価総額である。株式の購入後に、株式市場に資金投入する人が増えれば、将来の時価総額は膨らむから、全体としてプラスリターンになることもある。もちろん株式を購入後に市場から資金を引き揚げる人が多ければ、将来の時価総額は目減りする。

投資と博打のもう一つの違いは、「終わり」が決まっていないことだ。宝くじでもほかの博打でも、必ず一定期間後に勝ち負けが決まり、利益や損失が確定する。株式投資でも機関投資家の場合は、決算期末には保有株を時価評価しなければならない。博打の勝負とは少し違うが、その結果を持ってプロとしての能力が評価され、ボーナスや次のポストが決まるから、「終わり」があるといえる。「終わり」がないのはもっぱら個人の特典だ。

もちろん、なけなしのお金で投資していたら、換金時期を選べる自由度はないから、「終わり」がない特典をフルに生かすには、余裕資金で投資することが何よりも重要だ。「それでも購入時よりも値下がりしていたら、我慢できない」という声もあるだろう。

それはそれでお気の毒だが、リスク商品への投資はもともとそういうものだ。そもそも投資に限らず、人生には運不運は付きものだ。仕事、結婚、子育てなど、失敗する可能性がある人生イベントは山ほどあるし、「なによりも健康が大切」と健康づくりに力を入れる人も多いが、長寿が約束されているわけではない。

その意味では人生そのものが偶発的なものであり、将来がどうなるかは予想できない。将来を知りたいというニースがあまりにも大きいから、占師だけではなく、さまざまな予想屋の商売が成り立つのだ。証券会社、宗教家、エコノミスト、予備校なども将来をコントロールしたいという人間の欲望に答えることで成り立つ仕事のように感じる。

本連載の第2回以降で説明するが、投資した銘柄のうち6割はリターンが株価指数の上昇率を下回り、成功が4割程度にとどまるのは不思議ではない。信用取引を利用して投資元本以上の相場を張り、資産を根こそぎ失うような愚を犯さない限り、経営破綻を免れた企業の株式には何らかの価値が残っているだろう。塩漬けにしたまま生涯を閉じても、相続人は喜んで受け取るに違いないから、気楽に考えることが大切だ。(マーケットエッセンシャル主筆)

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