基本の話by前田昌孝(第11回)
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最終更新日:2022/12/13
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<NISAの拡充は偏った税制>
2022年11月には老後に向けた資産形成に関係して、2つの大きなニュースがありました。一つは積み立て型の少額投資非課税制度(つみたてNISA)の拡充、もう一つはみずほフィナンシャルグループが企業年金を確定拠出年金に一本化することです。「貯蓄から投資へ」を促す点でいい話だと受け止める人が多いかもしれません。しかし、筆者は老後に向けた資産形成を一か八かの世界に持っていくことはよくないと思っています。
「株式投資は博打だ」などというと、「貯蓄から投資へ」の担い手を自認している金融関係者らに怒られそうですが、何をしたらどういう見返りが得られるかが事前に予想できない点で、博打的要素があることは確かです。一方、老後は誰にでも平等にやってきます。公的年金制度や企業の確定給付年金は、老後の安心を確保するうえで、これまで非常に大きな役割を果たしてきました。
しかし、公的年金制度は年金支給のために必要な財源をそのときどきの保険料収入でまかなう賦課方式で運営されているため、少子高齢化を放置しているうちに財政的に成り立たなくなりました。企業の確定給付年金は、運用損益が直ちに企業の収益に反映するような会計制度改革が続き、株式を中心とした運用などはリスクが大きすぎて、やっていられなくなりました。超低金利下で債券中心の運用をする場合は、企業の負担が大きすぎるのです。
公的年金だけでは老後の生活を賄えない、確定給付年金は企業の負担が大きすぎる、この2つの現実を前に、世の中が「老後の資金は一人ひとりの国民が自助努力で築いてください」という方向に動いてきたわけです。となると、一部の高給取りは別として、ぜいたくな消費生活などをエンジョイしているわけにはいきません。
消費者は財布のヒモを固く締める、企業は売れないから経費削減に走らざるをえない、余分な人件費など払ってはいられない。こうした悪循環がエンドレスで続き、日本が世界でもまれな「衰退途上国」になっているわけですね。しかも政府は総合経済対策と称するバラマキ政策。こんな手法が続かないのは明らかですから、国民の間にも「この国は修繕するよりも壊して作り直したほうが早いのでは」という意識が芽生えているのだと思います。
筆者は経済の先行きも相場の先行きも誰にも予想できないという立場ですから、つみたてNISAによる資産形成がうまくいくかどうかなどは、何ともいえないと思っています。ただ、確実に言えることは、積み立て対象は投資信託というリスク商品ですから、割合はともかく、うまくいく人もいれば、失敗に終わる人もいるということです。
「平均回帰の法則というのがあって、長期に積み立てていれば、いいときと悪いときとが中和されて、平均的な姿に落ち着く」と主張する人がいますが、そんな説明には根拠がないことを本欄(基本の話)でも何回か解説しました。理論上、年率リターンのブレは小さくなりますが、何十年もの複利計算をするわけですから、積み立て終了時の元利金の実額の差は極めて大きくなります。
問題は、すべての国民がこうした投資行動をするように税制面から奨励するのが、いいことなのかどうかです。リスク商品への長期積み立ての真のリスクをはっきり理解している人が取り組むのは、全然、問題ありません。その理解が不十分な国民に対して、金融庁が先頭に立ち、投信の販売促進キャンペーンのような「金融・投資教育」を施してまで、リスク商品に誘導することが本当に正しいことなのでしょうか。
わかりやすい例として、昨今問題になっている仕組み債をとり上げてみたいと思います。さまざまな種類がありますが、典型的なのは、表向き、高い利回りが得られるが、日経平均株価が一定水準を下回れば、大幅な元本割れ償還をするといった商品です。例えば、日経平均2万円割れが引き金として設定されているのならば、満期までに一度でも2万円を割らなければ高利回りが享受でき、一度でも2万円を割れば大損するという具合です。
銀行や証券会社の販売員は、この仕組み債を販売するときに、通常ならば顧客に対し、日経平均が2万円を割るかどうかがカギを握っていて、もし一度でも2万円を割らなければ、高い利回りが得られるけれども、割れば大幅な元本割れになる、ということを、図表なども見せながら説明しているでしょう。しなければ完全に法律違反ですから。
そして顧客はその説明を理解したうえで購入しているのでしょう。リスクを理解し、「たぶん大丈夫だろう」と考えたうえで。
しかし、これはこの仕組み債の真のリスクの説明なのでしょうか。単に商品の表向きの内容の説明をしているだけで、本当のリスクは説明していないのではないでしょうか。最終的なリターンが確定していない(日経平均2万円割れのトリガーを引くかどうかわからない)うえに、勝敗が決まる期限があるという点で、この仕組み債は一種の博打です。
日経平均が2万円を割る確率は小さいかもしれないけれども、2万円を割ったときの損失が大きいのではないでしょうか(そうでないと、この仕組み債の発行側が利益を得ることができないですから)。つまり、例えばこの仕組み債を、時期を変えて100回買えば、顧客側が損失で終わる可能性が大きいのではないでしょうか。
こうした真のリスクを銀行や証券会社の販売員は正しく理解してない可能性があります。仕組み債の金融機関の支店での販売を禁止し、プロ級の知識を持った顧客向けに専門部門が集中的に販売するようなルールにすべきだとの指摘もありますが、金融機関側は反対するでしょう。プロ級の知識がある人が買うとは思えませんから。
12月1日にはNISAの拡充に向けた政府案を、与党が了承したと報道されました。いよいよつみたてNISAが恒久的な制度になるようです。岸田文雄内閣が掲げる資産所得倍増計画の一環であり、「貯蓄から投資へ」の資金移動を促すための政策だと説明されています。しかし、何のための優遇税制なのか原点に立ち返って考えると、本当におかしなことだと思います。
第一に個人マネーを投資に動かすのは、金融機関などが積極的に投資リスクを取らなくなった今、日本国内にリスクマネーを増やして経済の活性化に結びつけることだと説明されていますが、なぜ金融機関で訓練を積んだ専門家が取らないリスクを、素人の個人に取らせようとするのですか。
しかも、個人がつみたてNISAを通じて投じるお金の行き先はもっぱら米国株を中心とした外国株です。日本企業を応援するわけでもないのに、なぜ、税金をオマケしてまでそんなことをしなければならないのか、理解に苦しみます。
第二に老後に向けた自助努力での資産形成を促したいのならば、投信を買うかどうかなどということよりも、まず積み立ての習慣を身に付けさせることが重要ではないかと思います。そのためには株式投信に限らず、預金でも債券でも、つみたてNISAの対象にすべきではないでしょうか。
と同時に、30年国債、40年国債など償還までの期限が10年を超える国債もすべて個人が買えるルールに変更すべきです。価格変動のリスクはありますが、説明しやすいし、老後の資金ならば原則、満期保有で買えばいいのです。欧米ならば誰でも買える超長期国債をなぜ生命保険会社などだけしか買えないようにしているのか、意味がわかりません。
第三に新税制を税法のどこに書くのかは知りませんが、恒久税制にするのならば、できる限り幅広い国民が利用でき、国民の資産運用の選択に中立であることが基本だと思います。証券投資に関心があるのは国民の2割ほどにすぎず、どちらかといえば富裕層です。一部の人たちだけを優遇する偏った税制は、恒久税制の名に値しないと考えています。(マーケットエッセンシャル主筆)
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