基本の話by前田昌孝(第12回)

公開日: : 最終更新日:2023/01/04 無料記事 , ,

<ROEとPBRの関係>

2022年の東京株式相場は4年ぶりの下落で終わりました。上場企業の自社株買い以外にこれといった買い手もなく、日本経済の地盤沈下ぶりを如実に示した1年だったともいえます。だからというわけではありませんが、12月31日の日本経済新聞の社説には「東証は株価を上げる努力を引き出す強制力のある仕組みを検討すべきだ」といったヒステリックな論調もみられます。しかし、これはさすがに無理筋ではないでしょうか。

東京証券取引所は2022年4月に市場区分を再編し、従来の1部、2部、ジャスダック、マザーズに代わってプライム、スタンダード、グロースの3市場をスタートさせました。しかし、1部上場企業の大半がプライムに移っただけで、「看板の付け替えにすぎなかった」との批判は相変わらずくすぶっています。

もうちょっと何とかしようということで、7月末に始まった市場再編に関する有識者や実務家の「フォローアップ会議」では、相変わらず株価純資産倍率(PBR)が1倍に満たない企業の多さがやり玉にあがり、何とか改善を促せないかということが話題になっているようなのです。

PBRは株価を1株当たり純資産で割った倍率です。本当に企業が解散を決め、工場や設備や子会社株式などのすべての資産を売却して、借入金や未払金を返済した後に、バランスシートの純資産の部に書いてあるだけの財産が残るかどうかはやってみなければわかりませんが、現行の会計ルールは、企業の解散後にそれだけの財産が残るはずで、株主が保有株式数に比例して山分けできるという想定になっています。

解散して山分けした場合に1株当たりいくら受け取れるかがすなわち1株当たり純資産です。株価がこの金額を下回っている状態は「解散価値割れ」といわれます。グラフのように2022年末でプライム上場企業1816社(有効なデータのある企業のみ)の51・0%に当たる926社がPBR1倍未満です。こんな状態で企業が事業を続けることは意味がないというのが、うるさ型の市場関係者の主張で、東証に強制力のある規則を定めさせ、改善を促そうというのです。

しかし、PBRを高めるには、分母の1株当たり純資産を減らすか、分子の株価を引き上げなければなりません。もちろん上場企業は株価を引き上げたいと常に思っているでしょう。しかし、株価は市場の評価ですから、なかなか思い通りにはなりません。ただ、フォローアップ会議のメンバーはどうやら日本企業のPBRに1倍割れが多いのは、企業が資本コストを上回るだけの経営をしていないからだと考えているようなのです。

資本コストというのはちょっと難しい概念です。銀行は企業に融資をすれば金利を得られます。株主は企業の株式を買えば、配当が得られるほか、株価が上昇すれば値上がり益が得られます。倒産するかもしれないような企業に融資する場合を別とすれば、融資から得られる金利は決まっていますが、株主のリターンは株価が上がるかどうかわかりませんから、不確定です。ただ、不確定な分、株主の期待は融資の金利よりも高いはずです。

どれくらい高いかは、企業がどんな事業を営んでいるかにもよります。成熟企業で事業も安定しているのならば、株主リターンが不確定な度合いも低いでしょうが、未成熟な市場に挑んでいる企業は株価の変動も大きいため、株主リターンの不確定度も高いでしょう。資本コストはこのように企業の事業内容や成熟度、財務状態によって異なります。

ただ平均すると7~8%と言われています。企業の純利益を自己資本(純資産)で割った値は自己資本利益率(ROE)と呼ばれ、株主のお金を企業が1年間でどれだけ増やしたかを示しています。あまり単純化するのはよくないのですが、ROEで7~8%の水準を確保すれば、日本では一応、「資本コストに見合うリターン」を確保したとみなされ、PBR1倍割れを解消するための大前提と考えられているのです。

グラフはプライム上場企業の直近決算期におけるROEの分布を示しています。一応、棒グラフの色をROE7%以上は緑、7%未満は赤としました。有効データのある1816社のうち、37・9%に当たる689社が7%未満にとどまっています。もし緑と赤の境目を8%にすれば、8%未満は45・0%に当たる817社となります。

ここまでで掲載した2つのグラフはともにプライム上場企業のざっと半分が不合格になっています。PBRは市場の評価によって決まるのに対し、ROEは企業の経営努力によって伸ばすことができそうにみえるので、東証が企業に対し、ROEを7~8%以上に高めるような経営を促せば、PBR1倍割れ企業はぐっと減るのではないかと思う人が出てくるのは無理もないかもしれません。

市場関係者のうち強硬派のなかには「東証が規則で上場企業にROEを高める経営を促し、一定期間内にPBR1倍を達成できないようならば、上場市場をプライムからスタンダードに移すべきだ」との意見を持っている人もいるようです。

しかし、こうした考え方はあまりに乱暴です。いくつかの理由があります。第一にROEとPBRとの関係は単純ではありません。横軸にROE、縦軸にPBRをとって上場企業をプロットした3つのグラフを見てください。

最初のグラフはスタンダードとグロースに上場している企業も加えた3749社のうち、ROEがマイナスの企業(大半は赤字企業)を除く3277社の状況を示したものです。例外的な値を持った企業もけっこうあるため、上場企業をROEとPBRだけで語ることがいかに難しいかがわかるでしょう。

第2のグラフは東証上場企業のうち、ROEが20%以下でかつPBRが2倍以下の2381社をプロットしたものです。個々の企業を示す点の密度の違いから、ROEが高いほうがPBRは高くなりがちなことが、おぼろげながらわかると思いますが、決して直線状ではなく、「ROEが高くてもPBRは低い」「ROEが低くてもPBRは高い」という企業が何百社もあることが示されています。

ROEとPBRとの関係が直線状にならないのは、スタンダードやグロースの企業も含めたからだと受け止められるかもしれないので、第3のグラフは、第2のグラフからプライム上場の1261社だけを抜き出して作成しました。

プライム上場企業だけをみても、ROEで7~8%のところに線を引き、企業に改善を促すことと、PBR1倍割れ企業の解消とはあまり関係がないことがわかるのではないでしょうか。プライム上場企業のROEとPBRとの関係を示したマトリックスも作成してみましたので、いかに例外の企業が多いかを確認してほしいと思います。

ROEは7%未満なのにPBRが1倍を超えている企業は195社あります。ROEは7%以上なのにPBRが1倍を割れている企業は432社あります。そもそも企業ごとに要請される資本コストは異なるのに、7%あるいは8%で線を引いて改善を促すのは乱暴ですし、結果的にPBRが1倍に満たなかったら「プライム落ち」などというルールは常軌を逸しているように感じます。

こうした技術的な困難さに加え、そもそも論をきちんと踏まえる必要もあるのではないでしょうか。PBR1倍割れ企業が多いのは残念なことですが、これは少子高齢化に伴う国内市場の縮小などさまざまな与件のもとで企業が懸命に経営した結果です。改善の余地は多少あるのかもしれませんが、上場規則など強制力を持った措置でコントロールするのは行き過ぎだと感じます。

日本の産業構造のなかでは上場企業は強い存在です。そこにROE向上を求めた場合に取引先企業へのしわ寄せや、黒字リストラの強化など、日本経済の縮小均衡に結びつきそうな対応をする企業が増えるのではないでしょうか。上場企業の株主だけよくて、日本全体が不幸になるような選択はすべきではありません。

ROEがどうこうというよりも、企業がもっと伸び伸びと経営をするようになれば、経営者も社員もやる気が出てきてPBRは向上するのではないかと考えています。出る杭を打つのをやめる、挑戦を応援する、こういう社会に本気で変えようとすれば、新たな事業機会も増え、雇用も流動化し、日本株を買おうという人も増えると思います。

気になるのは、最近、上場企業に対して業績向上にどうつながるのかわからないような要請が増えていることです。独立社外取締役の増員をはじめとしたガバナンス改革など、何の役に立っているのかわからないと感じている企業が相当あります。非財務情報のこと細かな開示要請なども、複数の経営者から「経営にどう役立つのかわからないのに、労力とコストがかかって困る」という不満を聞きました。企業年金の運営に対しても、金融庁がいろいろと口を差しはさむようですが、ほどほどにすべきでしょう。 そんな風潮に歯止めを掛け、企業に思う存分活躍してもらうことが何よりも重要だと考えています。(マーケットエッセンシャル主筆) 

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